皆さま、御卒業まことにお目でとうございます。本日、滋賀大学を卒業または修了し、本学を巣立ってゆかれる皆さま方の門出を、御来賓の皆さま方、本学の教職員、そして在学生の諸君とともに、心からお祝い申し上げます。

 本年度は、教育学部249名、大学院教育学研究科修士53名、特別支援教育専攻科11名、経済学部556名、大学院経済学研究科修士36名、博士後期課程3名の総計908名の卒業生・修了生に対し、学位・修了書を授与することができました。

 さて、君たちの多くが滋賀大学に在学中の、2012年4月から16年3月にかけての4年間に起きた、君たちが無関心ではおられない、一連の出来事についてお話しさせて頂きます。

  まずは、2012年末の総選挙で自民党が圧勝し、3年3ヵ月ぶりの政権交代が生じたことです。安倍政権の掲げる第一の目標は「脱デフレ」、すなわち1999年以来十数年間続いた消費者物価の下落に歯止めを掛けることだったのです。安倍政権の経済政策のことをアベノミクスと言います。

 アベノミクスの「三本の矢」という言い回しがあります。一本目の矢は「大胆な金融政策」、二本目の矢は「機動的な財政政策」、そして三本目の矢は「民間投資を喚起する成長戦略」であります。2013年3月に日本銀行総裁に就任された黒田東彦さんは、就任記者会見で「今後2年間で、消費者物価上昇率を2%にまで引き上げる」との「インフレ目標」を設定いたしました。インフレ目標を達成するためにと、日銀は民間の金融機関から国債を無制限で買い入れる、いわゆる「異次元金融緩和」に踏み切りました。

 異次元金融緩和のおかげで、株価は大幅に上昇し、円安もまた進行いたしました。しかし、実体経済の方は今ひとつ冴えません。2013年の実質経済成長率は1.4%、14年のそれは0%、15年のそれは0.4%といった具合であります。家計消費支出や民間住宅投資は、14年、15年とマイナス成長が続いています。消費者物価上昇率も0.5%程度で推移し、2%のインフレ目標にはほど遠い有り様です。

 そこで、今年2月28日の日銀政策決定会合は、マイナス金利、すなわち銀行や信用金庫が日銀に預ける当座預金残高のうち、限度額を超える預金には、これまでは0.1%だった金利を、マイナス0.1%に引き下げるという「劇薬」を金融市場に投与することを決定いたしました。要するに、限度額以上の当座預金には手数料ないしは「罰金」を科するというわけです。銀行などが引き出した預金を企業や個人に貸し出すことを促し、景気浮揚を図ろうというわけです。

 以来、4週間を経たわけですが、日銀の予期に反して、金融市場は株安・円高の方向に振れたのです。経済学部の卒業生諸君の多くは金融機関に就職されるのでしょうが、金融機関を取り巻く環境は、今後、激変するに違いありません。金融界に就職される諸君には、環境変化に対する、逞しい適応力を養って頂きたい。

 アベノミクスの「第三の矢」である「成長戦略」の一環として、国立大学の改革が急務の一つに数えられるようになりました。経済成長のためにはイノベーションが必要である。ゆえに、イノベーションの担い手を養成する国立大学の改革が喫緊の課題である、との見解が、安倍政権内で最も影響力ある組織、産業競争力会議により打ち出されました。

 これを受けて、昨年6月8日、文部科学大臣は、全国の国立大学長に対し「次の中期目標を策定する際、教員養成系と人文社会科学系の学部・大学院は、組織の廃止や、より社会的要請の高い領域への転換に積極的に取り組む」よう通知いたしました。

 経済成長に貢献すること、あるいは産業に奉仕することが、大学に課せられた責務では断じてありません。知の革新と継承こそが、大学に課せられ使命であるという、ヨーロッパの常識が、ここ日本では通用しないのです。

 理系重視・文系軽視は、わが国の文教行政が特有する伝統なのです。いくつか例をあげましょう。第二次世界大戦中、当初、高等教育機関在学中の学生は徴兵を猶予されていました。ところが、戦争が泥沼化するに伴い、陸海軍の兵隊さんの数が不足してきたため、1943年10月から高等教育機関の文系学生と大学農学部農業経済学科の学生に限って、徴兵猶予が解除されました。

 本学経済学部の前身である彦根高等商業学校の学生も「学徒出陣」、すなわち強制的に戦地に送り出されました。学徒出陣が義務づけられた文系の高等教育機関に、入学を志願する旧制中学生など居るはずがありません。そこで1944年4から、彦根高等商業学校は彦根高等工業学校へと変身せざるを得なかったのです。1945年8月に日本は敗戦し、その翌年、1946年4月からは彦根経済専門学校へと逆戻りしたのです。そして、1949年4月、滋賀師範学校と合併して教育・経済の二学部から成る滋賀大学が創立されたのです。

 もう一つ例を挙げましょう。高度成長期が始まったのは1958年のことです。当時の岸信介内閣の文部大臣が、「国立大学においては、法文系学部は廃止し、理工系学部に特化すべきである」と発言して物議をかもしました。また、某有名企業の創業者は、「さほど遠くない将来、国会議員、政府省庁の幹部職員、企業経営者の大半を、理工系学部出身者が占めるであろう」と予言してはばかりませんでした。

 この創業者の予言は的外れに終わりました。なぜそうだったのか。「日本が民主主義国家だったから」というのが、私の答えであります。創業者の予言が的中したのは、旧ソビエト連邦、中国のような全体主義国家においてのことだったのです。実際、旧ソ連の共産党書記長、中国の国家主席の大方を工学部出身者が占めています。

 文系学部出身者の長所は、社会的諸問題についての思考力・創造力・表現力において秀でていることです。そしてもう一つは、旺盛な批判精神の持ち主であることです。

 民主主義国家の市民としての資格は、様々な社会問題に対して、時の権力におもねることなく、確固たる自分の意見を持ち、それを的確に表現する能力の持ち主であることなのです。全体主義国家では、体制を批判する者は必ず「排除」されます。したがって、全体主義国家は文系の知を必ず排斥するし、文系の知を排斥する国は必ず全体主義国家になるのです。

 アップルの創業者スティーブ・ジョブスは、2011年3月、アイパッド2の発表会でのスピーチを、次のようなメッセージで締めくくっています。「アイパッド2のような、心を高鳴らせる素晴らしい製品を生み出すには、技術だけでは駄目なんだよ。ヒューマニティーズ、すなわち人文知と融合した技術が必要なんだよ」と。このメッセージはロンドン・エコノミスト誌に掲載されたのですが、エコノミスト誌の記者は次のようにコメントしています。「技術一本やりの会社のヘッドのメッセージとしては異例と思われるかも知れないが、さすがジョブスならではの名言だ」と。ジョブスが極めて奥深い人文知の持ち主であったことは、周知の通りであります。このジョブスのメッセージを、産業競争力会議のメンバーに是非とも噛み締めていただきたい。

 20世紀末までは、日本の電子産業は自動車産業と並ぶ外貨の「稼ぎ頭」でした。1990年代半ばには10兆円近くもの貿易黒字を稼いでくれていたのです。ところが、2013年度には、貿易赤字に落ち込みました。ただし、電子部品部門は年間3乃至4兆円の黒字ですから、製品部門で、それを帳消しにする程の巨額の貿易赤字、すなわち輸入超の有り様なのです。実際、スマートフォンやタブレットの分野で日本のメーカーは、アメリカ、韓国、中国の後塵を拝しています。差し障りがあるので、会社名は一々挙げませんが、日本のエレクトロニクス関連メーカーの不振ぶりは、皆さま方も先刻ご承知の通りであります。

 なぜ日本のエレクトロニクス産業が衰退したのか。それは、日本のエンジニアの多くが、人文知を欠いているせいではないでしょうか。それゆえ私は、「初等中等教育、高等教育の抜本的な改革なくして、日本の産業競争力の復活なし」と断言してはばかりません。

 今の初等中等教育の最大の欠点は何かというと、それは、早くから文系と理系に生徒を区分けすることであります。センター試験の前身である共通一次試験が始まったのは1979年のことです。理系学部に進学する高校生は、世界史、日本史、公民などの社会科は無論のこと、国語すらまともには勉強せず、英語、数学、理科の勉強に全力を傾けるのです。これでは、とてもスティーブ・ジョブスのような、人文知と技術を融合させたエンジニアが育つはずがありません。逆に、文系学部に進学する高校生は、理科や数学の勉強はセンター試験に必要なレベルにとどめ、もっぱら英語、国語、社会の勉強に力を注ぐのです。

 私が大学に入学した頃の国立大学の入試は、文系理系を問わず、英語、数学Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、国語、理科2科目、社会2科目が課せられていました。要するに、国立大学を志す者には、文理両道の学業をキチンと修めることが義務付けられていたのです。

 フランスのセンター試験に当たるバカロレアは、人文系、社会系、理系の三つのコースがあるのですが、いずれのコースも哲学と数学が必須です。哲学の問題のレベルの高さには驚かされます。フランスのみならず、イギリス、ドイツなどの西ヨーロッパ諸国では、歴史、哲学、文学などの人文知に長けていることが、エリートの必須条件とみなされているのです。

 さて先ほど、「今、国立大学は改革を迫られている」と申し上げましたが、私こと、今年3月末に6年間の任期が満了し、本学学長を離任いたしますが、一昨年度末から今年度にかけて、滋賀大学のどこをどう変えるべきかについて、将来構想検討委員会などの場で、ああでもないこうでもないとの議論を積み重ねてきた挙げ句に到達した結論が、データサイエンス学部の新設だったのです。

 滋賀大学が二学部体制からスタートとしたことは、先に申し上げた通りですが、1949年の新制大学発足以来、単科大学は別として、学部の数が全く増えていないのは、滋賀大学のみであります。過去、何度となく、学部増設の計画が練られてきたと聞きますが、ついにその念願が叶い、来年4月からデータサイエンス学部が新設される運びとなりました。

 データサイエンス学部は、次のような人材を養成することを、その目標に掲げています。情報通信技術の進歩のおかげで、そこかしこにビッグデータが存在するようになりました。スーパーやコンビニのPOSデータ、ネット通販の購買履歴データ、スイカ、イコカ、トイカなど乗車カードの普及に伴い、蓄積される膨大な移動履歴データ、電子カルテに蓄積される医療データ、気象関連のビッグデータなど、貴重な情報が含まれているにもかかわらず、宝の持ち腐れになっているビッグデータが少なくありません。

 データサイエンティストとは、ビッグデータに含まれる貴重な情報を「見える化」し、その情報を有効活用する、すなわち価値創造につなげるエキスパートを意味します。一人前のデータサイエンティストを養成するには、学生諸君に、まずは統計学と情報学の基礎的知識を学修してもらった上で、様々なビッグデータの含む貴重な情報を「見える化」し、価値を創造する成功体験を実際に味わってもらう。そんな教育を、滋賀大学データサイエンス学部は目指しています。

 何はともあれ、平成29年度から、滋賀大学は三つの学部から成る大学に生まれ変わります。

 最後になりましたが、教育学部そして教育学研究科の卒業生諸君には次のように申し上げたい。今日の日本にとっての喫緊の課題の一つは「教育の再建」です。君たちが「世のため人のため」になろうとするのなら、小中学校の教員の果たす役割は、何物にも増して重いことを自覚されると同時に、この国を四半世紀に及ぶ閉塞状況から解き放つために、必要にして不可欠な役割を君たちが担わねばならないことを、肝に銘じておいて頂きたい。

 経済学部そして経済学研究科の卒業生諸君には次のように申し上げたい。19世紀後半から20世紀初頭までの4半世紀間の長きにわたり、イギリスのケンブリッジ大学の経済学教授職を務めたアルフレッド・マーシャルは、教授就任記念講演で、次のように語りました。「社会的苦悩を克服するために、自らの最善の能力をすすんで捧げようとする『冷静な頭脳と温かい心情』(Cool Heads and Warm Hearts)を持つ人びとの数を一人でも多くすることが、私の念願である」と。「冷静な頭脳」とは「効率的」な社会システムを、あるいは企業経営を設計する能力を意味します。そして、「温かい心情」とは「公正」な社会システムを設計する能力、あるいは企業人として、「企業の社会的責任」を果たす能力を意味します。経済学部・研究科の卒業生諸君には、効率と公正を両立させる社会の担い手となって頂きたい。

 以上のようなお願いを申し上げて、君たちの門出を祝う学長告示を締めくくらせて頂きます。

 改めて申し上げます。本日は、御卒業まことにおめでとうございます。

 

平成28年3月25日

滋賀大学長

佐和隆光