昨年12月22日、中央教育審議会は文部科学大臣に「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」と題する答申を行い、それを受けて、今年1月16日、文科大臣は「高大接続改革実行プラン」を発表しました。

 中教審の答申も文科大臣の「改革実行プラン」も、大学入学者選抜方式の抜本的改革を先行させ、そうした改革に適応するべく高校教育と大学教育の自発的改革を促すことを狙っています。すなわち、「高校教育、大学教育、大学入学者選抜を通じて、『知識・技能』のみならず、『知識・技能を活用して、自らの課題を発見し、その解決に向けて探求し、成果等を実現するために必要な思考力・判断力・表現力等の能力』や主体性をもって多様な人々と協働する態度などの真の学力の育成・評価に取り組む」とのことです。以下に、私の見解を披露させていただきます。

 第1に、多人数の入学志願者の思考力・判断力・表現力を適正かつ公正に評価することはとても難しいばかりか、これら3つの「力」は大学での学修を通じて身に付く力であり、高校教育にそれを求めるのは過分のように私には思えます。高校生には、5教科9科目(国語、数学、英語、理科3科目、社会3科目)を学習することに徹してもらい、幅広い基礎学力を備えた大学生に、専門分野での学修を深める過程で、思考力・判断力・表現力を修得してもらうのが望ましい道筋ではないでしょうか。

 第2に、「主体性をもって多様な人々と協働する態度」が「真の学力」の一つに数えられるのは、何ゆえのことなのか理解に苦しみます。会社員や公務員はもとより、実験科学の分野の研究者にとって「協働する態度」が必要不可欠なのはよくわかります。とはいえ、理論物理学、数学、人文科学、社会科学の分野で画期的な研究業績を挙げる研究者には「協働する態度」を欠く人の方が多数派なのが実状です。

 第3に、仮に高校で思考力・判断力・表現力の基礎を身に付けさせようとするならば、もう1つの学力である「知識・技能」の教育が疎かになりかねません。アメリカでは、いわゆる「ゆとり教育」により3つの学力の基礎を小中高校で修得させ、大学では専門基礎的な知識・技能の修得に特化させ、将来の職業に直結する専門教育は大学院に委ねられています。要するに、3つの学力の基礎を初等中等教育でバランス良く学ばせ、1つ目の学力である知識・技能を大学で徹底的に学ばせ、大学院で3つの学力を高度化するのです。

 敢えて結論めいたことを申し上げれば、「改革実行プラン」を実らせるためには、アメリカ型の教育システムを採り入れるしかないと私は考えます。私は都合4年間、アメリカの大学で研究員・教員を務め、子どもをアメリカの小学校で学ばせました。そうした経験に照らしての私の本音なのです。小中高校、そして大学・大学院から成る教育システムの部品をいくつか取り換えても、システムはいびつになり、機能は悪くなります。文科省には、思い切ってシステム全体を見直してもらいたいものです。