新入生の皆様方、ご入学おめでとうございます。本日、教育学部252名、経済学部606名、大学院教育学研究科修士課程59名、大学院経済学研究科博士前期課程34名、大学院経済学研究科博士後期課程4名、特別支援教育専攻科11名、あわせて966名の新入生を迎えて、大久保さまを始めとする来賓の皆様方、新入生のご家族の方々のご列席のもと、入学式を挙行できますこと、心よりお喜び申し上げます。

 さて、君たち新入生諸君は、将来、小中高校の教員になることを目指して、あるいはエコノミスト、すなわち経済分析の専門家、ビジネスパーソン、公務員などの職業に就くことを目指して、滋賀大学に入学してこられたものと推察いたします。

 日本は、男性の平均寿命ですらが80歳を超える、世界屈指の長寿国であります。学部新入生諸君は、それぞれ石山キャンパスまたは彦根キャンパスで、向こう4年間をお過ごしになるはずですが、長い人生のわずか20分の1にも満たない、大学生としての4年間を、人生において、最も実り多き時間として費やして頂きたい。

 日々を無為徒食に過ごしてはなりません。知力と体力の双方を磨き、与謝野鉄幹いわくの「友を選ばば書を読みて、六分の侠気、四分の熱」、すなわち「読書家になること、そして義理と人情をわきまえ、加えて、燃えたぎる情熱の持ち主になること」を、大学新入生の若い君たちに求めたい。

 その昔、私が学生だった頃には、スマートフォン、タブレット、パソコンはおろか、学生寮にも下宿部屋にも、テレビすらがなかった。インターネットで情報を検索することなど、望むべくもなかったのです。知識なり情報なりを得ようとするならば、本を読むしか他に、まったくもって手立てがなかったのです。

 情報通信技術が進歩し、便利な機器が相次いで登場するようになったのは、1990年代に入ってからのことです。今では、インターネットでの情報収集が当たり前となり、読書しなくても、必要な情報をわけなく手に入れることができるようになりました。要するに、スマートフォンやパソコンのキーボードを叩くだけで、いとも簡単に情報収集できるようになったのです。

 インターネットのおかげで、まるで読書の必要がなくなったかのように思われるかも知れませんが、外国でも同じなのかと問われれば、決してそうではありません。アメリカの大学を例に引くと、人文社会系の大学生には、リーディング・アサインメントと呼ばれる「読書の宿題」が大量に課せられます。アメリカの大学生の60%近くが、1週間に11時間以上も課外学習するのは、大量のリーディング・アサインメントをこなさない限り、授業に付いていけなくなるからです。

 読書することのメリットは、読解力が身につくことだけではありません。作文力が身につくこと、話題豊富な会話力、会議等でのプレゼンテーション、そしてディベートの能力が高まることが、読書の効能として挙げられます。今、申し上げたような諸々の能力を身につけるためには、読書するしかないのです。

 実際、小中高校の教員に求められる必要にして不可欠な能力は、難しいことを分かりやすく説明する、コミュニケーション能力なのではないでしょうか。また、エコノミスト、ビジネスパーソン、そして公務員として欠かせぬ能力もまた、論理的な思考力とコミュニケーション能力なのです。

 第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンの本職は弁護士だったのですが、弁護士としての能力を鍛えるべく、リンカーンはユークリッド幾何学を独習したとのことです。幾何学と法律とは、一見、無関係なようですが、幾何学のみならず数学の学習は、論理的な思考力を身につけるために、何にも増して、効果的な営みなのです。

 話は変わりますが、本学の最優先すべき使命の一つは「グローバル人材」の養成であります。グローバリゼーションもしくはグローバル化という言葉を、新入生諸君は、これまで何度か耳にされたことがおありでしょうね。まことに意外と思われるかも知れませんが、グローバリゼーションという言葉は、1990年代に入ってから、新しく創られた英語なのです。1991年にソビエト連邦が解体し、東西冷戦の時代の幕が閉じられたことがきっかけとなって、ヒト、モノ、カネが、国境を越えて、地球上を瞬時に駆け巡るようになりました。それがグローバル化の意味するところなのです。

 インターネットのおかげで、地球上どこにいても、日本のテレビ放送を視聴したり、新聞を読んだりできるようになりました。Eメールを使えば、リアルタイムで、地球上の至るところ、情報を送受信することができるようになりました。東西冷戦の終結のみならず、情報通信技術の画期的進歩が、グローバル化を推進する駆動力として働いたのです。

 ビジネスがグローバル化したのは無論のことです。企業は、当初のうちは、安い労働力を求めて、最近では、大規模な市場を求めて、その生産拠点を海外、とりわけ東アジア諸国に移転するようになりました。金融機関の多くは、海外の要所要所に支店を開設するようになりました。貿易の仲介を業務とする商事会社は、貿易相手国に支社を設けざるを得ません。日本の企業が海外の企業を買収したり、海外の企業が日本の企業を買収したりすることも、日常茶飯となりました。

 本学を卒業してのち、ビジネスの世界に飛び込む諸君は、数年間の海外勤務を命ぜられることを覚悟しておかねばなりません。海外に勤務するビジネスパーソンの子弟のために、世界各国の主要都市に、日本人学校が設けられています。卒業してのち、小中学校の教員となられる諸君のうちには、将来、数年間、海外の日本人学校で教員を勤められる方が少なくないと思います。好むと好まざるとに関わらず、君たちは、グローバル化に対する強かな「適応力」を身につけざるを得ないのです。

 今や、英語が国際語となり、中国や韓国では、いち早く、小学校で英語を教えるようになりました。遅ればせながら、日本でも、近い将来、小学校3年生から「外国語活動」として、英語の学習を開始し、5年生、6年生には「教科」として、今の中学生レベルの英語を学ばせることになりそうです。日本人の英語でのコミュニケーション力が、他のアジア諸国の人々のそれに比べて、余りにも見劣りするというのが、その理由です。

 小学校の教師を目指す諸君には、子供たちに英語を教えるに足るだけの英語力を、身につけることが求められるようになります。英語教育を小学校にまで下ろすことについては、賛否両論があります。私自身は、どちらかと言えば、否定的な立場に立ちます。その理由を一言で申し上げると、小学生の教科に英語を取り入れることにより、日本語でのコミュニケーション力の訓練がおろそかになることを懸念するからです。

 さて、話は変わりますが、2012年12月に安倍政権が発足して以来、国立大学法人に対する政府の「締め付け」が、とても厳しくなりました。過去25年間の長きに渡り、日本経済が長期低迷を続けているのは、国立大学法人のせいである、との言説がまかり通るようになりました。本学を含めて全国に86ある国立大学法人は、政府が投入する1兆1000億円余りの税金を原資とする運営費交付金に見合うだけの貢献、すなわち経済成長を高めるための貢献を怠っているのではないか、との批判にさらされているのです。

 経済成長に貢献する人材を育成することが、大学の使命である。そんな時代錯誤的な考えの持ち主が、我が国の政界や経済界で多数派を占めるのは、実に嘆かわしいことです。

 冨山和彦さんという経営コンサルタントが、旧七帝大、東京工大、慶応大辺りまでをG型(グローバル型)大学とし、それ以外の大学をL型(ローカル型)大学とし、世界で競える人材養成はG型大学に任せておいて、その他のL型大学には、職業訓練を本務として、経済成長に貢献してもらうべきだという、私に言わせれば、とんでもない提言を、文部科学省の有識者会議で発言しています。

 「大学とは学術の中心であって、深く学芸を研究する場であり、技能教育をする場ではない」とする「学校教育法」が下す「大学」の定義はガラパゴス的である、すなわち甚だしく時代遅れである、と冨山さんは決めつけるのです。冨山さんに言わせれば、L型大学は「職業訓練」に徹するべきであるとして、次のような具体例を挙げています。

 民法や憲法の代わりに宅建法や道路交通法を、サムエルソンの経済学やマイケル・ポーターの経営学の代わりに、簿記と会計処理ソフトの使い方、そして接客法を、シェークスピアの文学作品の読解の代わりに、観光ガイドに使える英語を教えるべきである、とのことです。

 今現在、日本の大学進学率は51%で頭打ちしています。ちなみに、OECD諸国の平均値は68%です。授業料がほとんど無料のヨーロッパ諸国の大学進学率は、大学入試の難しいドイツとフランスを除いて、おしなべて70%前後という高さです。アメリカのそれも70%近くに及びます。

 なぜ日本の大学進学率は他の先進諸国に比べて、そんなに低いのでしょうか。一つ目の理由は、授業料が高いことです。二つ目の理由は、奨学金制度が不十分なことです。そして三つ目の理由は、大変申し上げにくいことですが、授業料として支払う費用=コストに見合うだけの教育効果=ベネフィットを提供してくれない大学が少なくないことです。

 新入生諸君、保護者の皆様方、滋賀大学は、コストをはるかに上回るベネフィットを学生諸君に提供する大学であることを、学長である私自身が、胸を張って保証いたします。教育と経済の両学部とも、カリキュラムを充実させるべく、衆知を結集して、様々な創意工夫を凝らしています。専門教育と教養教育のバランスに、十分な配慮が払われています。学業と課外活動が両立するよう、様々な便宜が図られています。同窓会の先輩諸氏が、滋賀大学に対して、そして在学生諸君に対して注がれる愛情と激励には、ひとかたならぬものがあります。

 4年後の君たちが、インテレクチュアルな専門職業人として本学を巣立って行かれることを、学長として私は願ってやみません。本学の教職員が、私の願いを叶えるべく、こぞって御尽力して頂けることを確信いたしております。

 今から5年前、本学の学長に就任した私は、二つのモットーをすぐさま掲げました。一つは、滋賀大学を魅力と活力に満ち溢れた大学にすること。二つは、学生諸君が、滋賀大学に入学して良かった、と思える大学にすることであります。

 皆さん、ステークホルダーという言葉をご存知でしょうか。滋賀大学のステークホルダーとは、本学と何らかの関わりを持つ人々のことです。在学生諸君、教職員、同窓会、後援会だけではなく、石山や彦根といった地域社会と地域住民が、本学のステークホルダーなのです。

 私が掲げる二つのモットーを実現するには、本学のすべてのステークホルダーの協力が欠かせません。本日より、滋賀大学のステークホルダーの一員となられた、新入生の皆さま方、そして保護者の皆さま方に、入学式という格好の場をお借りして、今後、私の掲げる二つのモットーを実現するべく、宜しくご協力のほどを、切にお願い申し上げて、学長告辞を締めくくらせていただきます。

 改めて申し上げます。ご入学まことにおめでとうございます。

2015年4月6日
滋賀大学長 佐和隆光