「広報しがだい」創刊号から第20号において掲載された、本学教員推薦図書を紹介します。
推薦者の肩書は、それぞれの掲載当時のものです。
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刊号 タイトル 著者 出版社 出版年 推薦者 所蔵
1 創刊号
(H12.3)
トヨタ生産方式 大野耐一 ダイヤモンド社 1978 葛山善基 有り
2 新明解国語辞典 金田一京助
[ほか]
三省堂 寺横武男 有り
3 第2号
(H12.4)
豊かなアジア、貧しい日本 中村尚司 学陽書房 1989 梅澤直樹 有り
4 第3号
(H12.6)
日本語練習帳 大野晋 岩波新書 1999 内田耕作 有り
5 第4号
(H12.10)
後世への最大遺物 内村鑑三 岩波新書 1976
改訂版
麥倉達生 有り
6 第5号
(H12.11)
沈まぬ太陽 山崎豊子 新潮文庫 2001-
2002
大和田敢太 有り
7 第6号
(H13.2)
おせん 池波正太郎 新潮文庫 1985
改版
住岡英毅 有り
8 第7号
(H13.4)
人間を幸福にしない
日本というシステム
カレル・ヴァン・
ウォルフレン
新潮OH!文庫 2000 阿知羅隆雄 有り
9 考える脳考えない脳
-心と知識の哲学-
信原幸弘 講談社現代新書 2000 斉藤浩文 有り
10 第8号
(H13.7)
自由論 J.S.ミル 岩波文庫 1971 松嶋敦茂 有り
11 第9号
(H13.12)
曖昧の生態学 川那部浩哉 農山漁村文化協会 1996 近藤博之 有り
12 全国アホ・バカ分布考
-はるかなる言葉の旅路-
松本修 新潮文庫 1996 馬場義弘 有り
13 第10号
(H14.3)
言葉とは何か 丸山圭三郎 夏目書房 2001
改訂
大嶋彰 有り
14 第11号
(H14.4)
新唐詩選続編 吉川幸次郎、
桑原武夫
岩波書店 1993 田中穂積 有り
15 第12号
(H14.7)
なぜ、これがアートなの? アメリア・
アレナス
淡交社 1998 辻裕久 有り
16 第13号
(H14.11)
エミール(上・中・下) ジャン・
ジャック・
ルソー
岩波文庫 2000 三輪貴美枝 有り
17 職業としての政治 マックス・
ウェーバー
岩波文庫 1980 鈴木正仁 有り
18 第14号
(H15.2)
流星と流星群
-流星とは何がどうして
 光るのか-
長沢工 地人書籍 1997 大山真満 有り
19 思想としての近代経済学 森嶋通夫 岩波新書 1994 酒井泰弘 有り
20 第15号
(H15.4)
武道伝書を読む 湯浅晃 財団法人
日本武道館
2001 村山勤治 有り
21 中小企業白書 中小企業庁 ぎょうせい 2002
年版
戸田俊彦 有り
22 第16号
(H15.7)
いま、教育基本法を読む 堀尾輝久 岩波書店 2002 梅田修 有り
23 数学ができる人はこう考える シャーマン・
スタイン
白揚社 2003 大濱巖 有り
24 第17号
(H15.11)
逃げてゆく愛 ベルンハルト・
シュリンク
新潮社 2001 渡邊暁彦 有り
25 左利きは危険がいっぱい スタンレー・
コレン
文藝春秋 1994 谷上亜紀 有り
26 第18・19
合併号
(H16.4)
古着(ふるぎ) 朝岡康二 法政大学出版局 2003 興倉弘子 有り
27 痛快!憲法学 小室直樹 集英社
インターナショナル
2001 永田えり子 有り
28 第20号
(H16.8)
海抜0米 曽野綾子 集英社 1971 板東美智子 有り
29 エンデの警鐘
「地域通貨の希望と
銀行の未来」
坂本龍一、
河邑厚徳
NHK出版 2002 田中英明 有り

大野耐一 著 『トヨタ生産方式』

葛山 善基(経済学部)

 私の薦める1冊の本として、大野耐一著『トヨタ生産方式』を上げます。
 この本は開発者自らがトヨタのかんばん方式を紹介したもので、昭和53年に初版が出版されました。この生産方式はアメリカのスーパーマーケットからヒントを得て考え出された物であり、昭和28年からトヨタの機械工場内で実地に応用され、30年近くかけ作り上げていったものであります。この方式が好きな理由は日本人が謙虚に外国の良いところを認め、ただ単に真似をするだけでなく、新しい方式を開発したことであります。また、この本は開発者自らが紹介しているため、方式の本質がどこにあるかを読みとることができます。
 NTTに勤めていた36、7才のときにこの本を読みましたが、なぜこの本を読むようになったかは憶えていません。ただ、読んだ時に子供のころに父が話してくれた言葉を思い出しました。父は水道工事を行う中小企業の経営者でしたが、工事資材の前で「この工事資材は工事をするためには事前に購入しておかないといけないが、長いこと置いておくとお金の回転に負担になる。」と話してくれました。この話を聞いてから30年後にこの本を読んだ時に父が話してくれた問題が当時の自動車会社にもありその解がこの本に書かれているような気がしました。
 また、私が好きな言葉に「ネジ一本の技術が国の経済を左右する」というのがあります。この言葉は、「中小企業の正確にネジを作る技術が組み立てラインにロボットを導入することを可能にした」ことを意味しています。さらに、最近普及している携帯電話にも中小企業の技術が生かされています。日本の自動車の技術と携帯電話の技術は現在、世界のトップを走っていると思いますが、社会のインフラ製品である自動車と携帯電話を支える二つの技術をいつまでも育てて、これらの製品と技術がいつも世界のトップを走ることを願っています。

トヨタ生産方式

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 509.6∥O 69 005901893
本館開架 509.6∥O 69 096003780
本館開架 509.6∥O 69 005003527

圭角ある一書 『新明解国語辞典』

寺横 武夫(教育学部)

 新聞のコラムが、ある辞書の表現に関する不満の声を取り上げたことがあった。委細は忘れているのに、それが「しゅくしゃ〔宿舎〕」という項目への疑義だったことだけは覚えている。
 問題にされていたのは、「1旅先などで泊まる(予定の)旅館」、とある一般的説明の次に続く一行だった。
 2 公務員などに不当に安い家賃で提供される住宅
 もっとも、これは初版(昭和四十七年)の話であって、当時手元にあった第四版(平成元年)では、その同じ項目の説明が微妙に変わっていた。
 2 公務員などに、名目だけの安い家賃で提供される住宅
 「不当に安い」が「名目だけの安い」にトーンダウンしていたのだ。が、それにしても、凄みのある辞書だという印象に変わりはなかった。
 ところが、せんだって購入した第五版(平成九年)では、さらに圭角が殺がれたきらいもなくはなかった。
 2 公務員などに、安い家賃で提供される住宅
 とはいうものの、この辞書の全体を 支える基本的な思想が特異であることに変わりはあるまい。
 いうもおろか、この芬芬たる個性を培ってきたのが、辞書の主幹をつとめた山田忠雄という碩学の資質だった。早い話が、この人の手にかかれば、「読書」などということばは瞬時のうちに次のようになってしまう。
 〔研究調査や受験勉強の時などと違って〕一時イットキ現実の世界を離れ、精神を未知の世界に遊ばせたり、人生観を確固不動のものたらしめたりするために、(時間の束縛を受けること無く)本を読むこと。〔寝ころがって漫画本を見たり電車の中で週刊誌を読んだりすることは、勝義の読書には含まれない〕
 遺憾ながら、山田主幹は、第五版の刊行を目前にして他界せざるをえなかったのだが、その人物の魅力に惹かれて、この辞書の中にひそむ山田忠雄という男の像をひたすらに追い求めた、もう一人の男の一冊にもついでに触れておこう。ご存知の才人、赤瀬川原平の『新解さんの謎』(文芸春秋)がそれである。
 ここまでくれば、書名こそあえて伏せてきたものの、筆者の推奨しようとしている一書が、どのような世界を構築しているかについてはほぼ納得も得られたと思うので、最後は「手締め」とゆこう。「物事の決着や成功を祝って関係者一同が掛け声に合わせてする拍子。シャンシャンシャン、シャンシャンシャン、シャンシャンシャン、シャンと聞こえるように調子を取る。」
 こんな辞書があってよいのだろうか。よいのである

新明解国語辞典

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 813.1∥Ki 42 009000755

中村尚司 著 『豊かなアジア、貧しい日本』

梅澤 直樹(経済学部教授)

 書名を見て誤植?と思った人もあるかもしれない。だが、誤植ではない。本書は「豊かなアジア、貧しい日本」「洗濯ひとつで世界が見える」「生命系の経済と社会」「暮らしのなかの南と北」「歩きながら考える」の五部から構成されているが、循環性、多様性、関係性の内発的な展開をカギとした生気に満ちた豊かさとその対極としての従属関係の深まりとしての貧困という視点から、日本とアジアの人びとの暮らしや社会を見直すことを主要な課題のひとつとしている。
 たとえば、第2部のなかの「よみがえれ洗濯という仕事」では、同じく汚れを落とす営みでありながらなぜ入浴はくつろぎの時間、洗濯は面倒な仕事と分かれてしまったのかという問いから始めて、汚れとは何か、汚れを落とすとはどういうことかが追求されてゆく。そして、物的には同じ土埃でも時代や社会が違えば汚れであったりなかったりするというように、汚れが単なる物ではなくてむしろ社会関係であること、また清潔指向が昂じて汚れがけがれとされるとき差別が始まるというように、汚れの見方は差別意識とも結びつくことが明らかにされる。発展途上国に溶け込もうとしない日本人駐在員家族の意識としてばかりでなく、いわゆる朝シャン世代のクラスメ-トを見る目としても身につまされるところがなかろうか。さらに、清潔指向が現代における女らしさというジェンダ-意識と結びついて女性の洗濯熱に圧力をかけていること、あるいは洗濯機や洗剤などの販売競争が商品を使わされる仕事としてのシャドウワ-クに洗濯を転じていること、だからこそ琵琶湖の保護をめざしたせっけん運動は、合成洗剤と洗浄力を競うのではなく、男女関係を含めた、汚れをめぐる人と人とのつきあい方を見直し、洗濯という仕事をよみがえらせる契機とされるべきだったことといった卓見が、鮮やかに語られているわけである。
 もはや紙幅がなく立ち入れないが、第4部でのアジノモトをめぐる考察も豊かさとは何かをあらためて考えさせてくれるし、援助から民衆交流へという提言も所得格差ゆえに陥りがちな陥穽を踏まえているだけに重みを持つ。また、当事者性をキ-ワ-ドとした日本人のアジア研究に対する批判の舌鋒は鋭い。さらに第5部での生活体験からの経済学の薦めも、経済学という学問の特質をよく踏まえたものであり、経済学のみでなく社会科学全般を学ぶ者に示唆的であろう。
 豊かさの見直しが唱えられて久しい。また、真の国際化が唱えられても久しい。それを単なるお題目に終わらないために何が必要か、本書はそれを考えるうえできわめて刺激的である。グローバリゼーションが進むなかで在学中にアジアを訪れる学生も少なくない。さらに、本学にはアジアからの留学生も多い。そうした交流のチャンスを真に生かすためにも、本書が多くの人に読まれることを願う。

豊かなアジア、貧しい日本

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 332.2∥N 37 005901894
本館開架 332.2∥N 37 089003827

大野晋 著 『日本語練習帳』

内田 耕作(経済学部教授)

 「正しい日本語を使おう」とか「日本語が乱れている」とか、まともにいわれると、「正しい」とはどういうことか、「乱れている」とはどういうことか、「ことばは変わるものだ」と、うそぶいてしまいます。このような私も、午後になってから珍妙なイントネーションで「おはよう」と挨拶するのを聞いたりすると、「世の中はどうなっているんだ」と思わず叫んでしまいます。そういう私の日本語が確かかというと、それは恥ずかしい限りで、何とかしなければと反省してばかりです。そこで、文章読本、論文の書き方など新しい本が出るたびに、目ぼしいものは読まなければと思ったりするのです。
 『日本語練習帳』もそういった本の1冊です。「どうすればよりよく読めて書けるようになるか。何に気をつけ、どんな姿勢で文章に向かえばよいのか。練習問題に答えながら、単語に敏感になる練習から始めて、文の組み立て、文章の展開、敬語の基本など、日本語の骨格を理解し技能をみがく。学生・社会人のために著者が60年の研究を傾けて語る日本語トレーニングの手順」というキャッチコピーに引かれて、私も「練習」をすることにしました。「単語に敏感になろう」「文法なんか嫌いー役に立つか」「〔文章を書く上での〕二つの心得」「文章の骨格」「敬語の基本」の5章を読みながら「問い」に答え、巻末の「配点表」で採点して「結果の判定」を下すという成り行きです。
 書かれている内容はいちいちもっともで、「ふむふむ」とうなずきながら練習を終えましたが、一か所ではたと止まってしまいました。法学を勉強してきた私にとっては懐かしい川島武宜『日本人の法意識』が、なんと悪文の例として延々とやり玉に上がっているではありませんか。その上、センテンスの長い分かりにくい「文章が多いのは法律、および法学の先生の文章です。法律の権威を背後にもっているせいか、法学者の文章は、日本語としての分かりやすさに配慮しないものが少なくありません」、などとだめ押しまでしてあります。法学者としての言い分もあるのですが、大いに考えさせられました。
 最後に、「『日本語練習帳』で練習をしたわりには、あなたのしゃべる日本語はあいかわらずひどく、文章も乱れていますね」との声がどこからか聞こえてきそうです。それに対しては、「私も法学者の端くれですから」と答えるのはすねているので、「人間は急には変わりません、努力を続けることが大切です」と答えることにしています。
 よろしかったらまだの人は、『日本語練習帳』に「660円+税」を投資し、日本語のチェックをしてみたらいかがでしょうか。

日本語練習帳

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 081∥I 95∥596 005901895
本館文庫新書 081∥I 95∥596 098005982
教育文庫新書 081∥I 1∥5-596 198003267

内村鑑三 著 『後世への最大遺物』

麥倉 達生(教育学部教授)

 テレビなどのニュースを見ていると、毎日のように次から次へと諸々の悪事悪行が報じられる。まるでこの世はそうした悪しき事ばかりであって、それでもなおこの社会が存続し得ているのが不思議に思えるくらいである。それはきっと報じられることも人目を引くこともないながらに、なお悪の諸業に抗しうるだけの人びとの善意・善行が社会なり世の中なりを支えているからにちがいない。
 このことで思い出されるのが内村鑑三の『後世への最大遺産』である。学生時代、恩師佐野利勝先生に勧められて読んだこの文庫本は、その後の私の生き方の基底をつくったように思える。本の内容は概略次のようだ。
 世の中には事業を起こして成功し、その利益を社会のために役立てる実業家がいる。奇特な御仁だ。あるいはすぐれた思想を後世に遺すことで世の人びとに貢献する人物もいる。そしてまたそれらの思想を一般の人たちに仲介する役割を果す教育者も立派な存在だ。その他いろいろな形で世の中に役立っている人がいる。それでもそうした人たちの数は全体から見ればやはりわずかだし、誰もが望んでそうなれるわけではない。それなら、大多数の一般の者たちには後世に遺すようなものは何もないのだろうか。いや、ある。その気になって努めさえすれば誰にだって後世にのこしえる遺産がある。それは我々ひとりひとりがよい人間になることだ。実業家、思想家あるいは教育者等として世に貢献するのに比べれば、それはあまりにも目立たないことかも知れない。しかし、この世の基底を支える人びとのそうした努力があってこそ社会は保たれているのだし、もし善意・善行への人びとの努力がなくなったなら、この世はすぐにも崩壊してゆくことだろう。一人ひとりがよい人間たろうと努めることはすべての人に可能である。そして、そうした目立たぬ地道な努力こそが後世への最大遺産なのである。
 内村鑑三は右のように言うのだが、さてそれなら「よい人間」というときのよいとは何をもってよいとするのか。例えば自分の娘が結婚するようなとき、親としては相手の男性がよい人であることを願う。しかしそれは単に、よい学校を出てよい会社に入り、よい将来性のあることのみを意味しているのだろうか。このように一般に「よい」と一口に言うが、本当の意味でのよいとはそもそもどういうことなのか。真によい人間であるために、この点をじっくりと考えてみたいものだ。

後世への最大遺物/デンマルク国の話 改版 1976(岩波文庫:青(33)-119-4)

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 198.9∥U 19 005902187
本館文庫新書 193∥U 19 087046650
教育文庫新書 081∥I 1∥119-4 187004339

山崎豊子 著 『沈まぬ太陽』

大和田 敢太(経済学部教授)

 1999年のベストセラー大作だが、特にサラリーマンやOL、中間管理職など労働現場に近い読者から強い支持を受けていると言われている。日本航空を舞台にした実際の話を、小説的手法でアレンジしたものであるため、企業名や個人名は仮名を用いているが、モデルは容易に推測がつくだけに、リアリティに富んでいる。筋書きは、ひょんなことから労働組合委員長になった主人公恩地元が、従業員の労働条件の改善や「空の安全」のために当然の発言を重ね、筋を通した生き方を貫くうちに、会社から疎んぜられ、人事のルールを踏み外して、カラチ・テヘラン・ナイロビと過酷な条件の僻地勤務のたらい回しという仕打ちを受ける。組合とは縁を切るという一札を入れれば日本に帰国させるという誘いも拒みながら、自己の信念と労働者仲間との信義を頑なに守ろうとするのである。ナショナルフラッグと称された国営会社でのこのような差別的不公平人事は、国会でも取り上げられ、東京都労委での不当労働行為救済命令の結果、主人公は日本に戻る(アフリカ篇)。しかし、帰国後の主人公を待ち受けたのは、例の御巣鷹山でのジャンボ機墜落事件のご遺族相談係という役目だった。「御巣鷹山篇」の真迫の叙述は、読むものをして深い感動に包み込むが、原作が週刊誌に連載されていた当時、日航はこの週刊誌を機内に常備することを取りやめたこともあった。その後、企業上層部・官僚・政治家という「魑魅魍魎」が跋扈するなかで、主人公は、再びナイロビへと左遷されるのであった(会長室篇)。
 実際には、ジャンボ機墜落事件後、日航(副)会長に就任した伊藤淳二氏(鐘紡会長)が、主人公のモデルである小倉寛太郎氏をナイロビから呼び寄せたのであるが、この一連の人事は、複数労働組合が併存する中で、特定の労働組合に対する差別的取り扱いを続けた日航の労務政策を象徴する事件として注目を浴びたものであった。私も、かねてから労働法の講義において、複数組合併存下における使用者の平等取り扱い義務や不当労働行為制度を説明し、組合事務所の供与の法的性格に関する事例(日航沖縄支店事件・沖縄地労委命令1980・3・28)などを引用する際に、この人事に言及したことがあっただけに、印象に残っている事件である。著者が小説的手法を駆使し、一連の事件を見事なまでに再構成し、主人公の生き方を軸に日本の企業社会への警鐘を鳴らしていることに、改めて感銘を受けたのであった。
 本書は、多くの書評で取り上げられ、航空機マニア誌である「月刊エアライン」の書籍紹介の一文では、「キャプテンがライトシートに座っていると仮定した表現など首をかしげる点」(1999年12月号145頁)と指摘しているが、プロの眼力には感心させられた。なお、佐高信・小倉寛太郎「企業と人間-労働組合、そしてアフリカへ-」(岩波ブックレット)も併せ一読を推めたい。

沈まぬ太陽

巻号 所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
1:アフリカ篇:上 本館開架 教員推薦 913.6∥Y 43∥1 005902182
2:アフリカ篇:下 本館開架 教員推薦 913.6∥Y 43∥2 005902183
3:御巣鷹山篇 本館開架 教員推薦 913.6∥Y 43∥3 005902184
4:会長室篇:上 本館開架 教員推薦 913.6∥Y 43∥4 005902185
5:会長室篇:下 本館開架 教員推薦 913.6∥Y 43∥5 005902186

池波正太郎 著 『おせん』 女を描いた瞠目(どうもく)の短編集

住岡 英毅(教育学部教授)

 池波正太郎『おせん』(新潮文庫)は、女を主人公とする13の短編から成っている。これを読む者は、そこに描かれた女の、凄みを帯びた生き様(死に様)に圧倒され、思わず「ウーン」と唸らずにはいられない。
 この短編集が取り上げる女は、およそ三つに分類されよう。一つは、男の理不尽な仕打ちに復讐の炎を燃やす女(3編)、二つは、不遇の運命を自らの力で跳ね返して生きる女(8編)、三つは、女の性をしたたかに満喫する女(2編)、である。
 「烈女切腹」のりつ、「御菓子所・壺屋火事」のお伝とおしま、「女の血」の八千代は、いずれも、男の身勝手で残酷な仕打ちに復讐をかける女である。復讐は、その原因となった特定の男に向けられるとともに、理不尽きわまりない男社会の本質をもあぶり出す。また、それを支えることに汲々とする男どもの、みじめったらしさや愚さ・弱さをも容赦なく突いてやまない。
 直裁な叛乱を企てるこれらの女とは対照的に、自らの足下ですくっと自立しているのが、「蕎麦切(そばきり)おその」「おせん」「力婦伝」「お千代」「梅屋のおしげ」「平松屋おみつ」「おきぬとお道」「狐の嫁入り」の8編に登場する女たちである。それぞれ、特異体質、恵まれぬ容姿・容貌、孤独の淵、低い階層と貧しさ、などに喘(あえ)ぎ苦しんでいる。だが、こうした女たちの人生も、池波の手にかかると、なんとさばさばと小気味よいことか。そこには、湿った空気はいささかも感じられない。それどころか、骨太の女たちの人生讃歌すら聞こえてきそうなのである。
 「三河屋お長」のお長、「あいびき」のお徳は、女の性を見事なまでに自然体で生きる女である。肩肘張った姿は、どこにも見られない。ここでは、女という性の逞(たくま)しさが、くっきりと浮き彫りにされている。あわせて登場する男どもの姿は、みみっちいことこの上ない。見栄、強がり、世間体とは無縁のところで、自らに忠実に本音で生きる女の強さには、男はとうてい太刀打ちできるものではない。
 池波正太郎と言えば、「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」などで、根強いファン層をもつ大衆作家である。その平易で楽しい大衆小説の中に定着させる人間群像は、実にリアリテイに富んで読者を飽きさせない。根底を流れる思想の骨格も、明晰かつ堅固である。その池波の「語り下ろし」とも言える『男の系譜』(新潮文庫)は、戦国から幕末にかけて活躍した武将たち、つまり戦国の男を分析・批評した興味深い本だが、本短編集の後でそれを読むと、男の生き様・死に様なんて、まるでものの数ではないという気にさせられてしまう。

おせん

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 913.6∥I 34 005901896

カレル・ヴァン・ウォルフレン 著 『人間を幸福にしない日本というシステム』

阿知羅 隆雄(経済学部教授)

 「しかたがない」。みなさんはこの言葉を口にしたり、耳にしたことがないでしょうか。慣れ親んだ言葉は自覚をしないとそれを使っていることに気づかないものです。
 「人間を幸福にしない日本というシステム」というショッキングなタイトルを付けられた本書の著者は、私たちが、何気なく口にしているこの「しかたがない」という言葉をキーワードに、日本の政治システムについて語っています。
 著者が、来日したのは30年以上も前のことだそうですが、この言葉との出会いを次のように説明しています。
 「喫茶店でソフトドリンクを一瓶注文したつもりなのに、瓶の中身はちょっぴり注いだだけで、ほとんど氷で埋まったグラスをだされたときにはさすがに腹がたった」。しかし、日本人はこれを「無抵抗に受け入れる」。著者には、この「日本人の従順さ」は「驚愕」すべきことだったようです。しかし、後になって判ったこととして、この態度には「自尊心」が絡んでいて、騒ぎたてないのが「大人の態度」であり、「文句ばかり言うのは、迷惑だけではなく子どもじみていて、わがまますぎると考えられている」としています。そしてこうも言います。「日本には、しかたがないと言えるようになれば大人になった証拠だと見なす伝統がある」。
 しかし、著者によれば、「しかたがない」という言葉こそ、「日本人が政治を語るときに最も重要な言葉でありつづけ」、この「ひとことの力で、日本人を政治的に閉じこめる檻の格子は強化され、扉はしっかりと閉ざされる」。また、私たちが「しかたがない」と考える習慣を捨てない限り、人々を幸福にしない「日本というシステム」は存続しつづけるとも主張し、日本人が少しばかりの勇気をだして、この習慣を捨て文字通りの「市民」となり、真の「市民社会」を実現することを勧めています。
 ここまで紹介すれば、著者がいう「日本というシステム」とは、日本の権力機構についてのことだとわかるでしょう。それはどのようなシステムなのでしょうか。多くを紹介することはできませんが、著者は、日本の権力機構の特徴を「民主主義」に隠されたなにもにも制約されない「官僚の支配」、すなわち「官僚独裁主義」と手厳しく規定しています。またそれが「豊かな国の貧しい国民」に結果しているとも主張しています。
 本書は、外国人が日本に住み、生活者の視点から、私たちから遠い存在である権力機構の分析を通じて、日本というものを全体として語っている、非常に興味深い一書です。是非、一度手にしてみて下さい。

人間を幸福にしない日本というシステム カレル・ヴァン・ウォルフレン著/篠原勝訳
毎日新聞社.1994

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 302.1∥W 84 094005185
本館授業用参考図書 近藤学 302.1∥W 84 095000165
教育研究用図書 302.1∥W 84 195000313
教育授業用参考図書 美術教育 302.1∥W 84 195001012

信原幸弘 著 『考える脳考えない脳-心と知識の哲学』

齋藤 浩文(教育学部助教授)

 本書は「心とはいったいいかなるものであるのか」という問いに対して回答を与えようとする試みである。最近の脳科学の展開を視野に入れ、心の働きと脳の働きとの関係をどのようにとらえるべきかという観点を絶えず意識しながら議論が進められる。
 心と脳、あるいは心と身体との関係をめぐる問題というのは、非常に古くからある哲学問題のヴァリエーションである。しかし、それは心に関するもっとアクチュアルな問題――たとえば、現代がこころの時代である、と言われることのうちに含まれているような問題――とも決して無縁ではない。
 一見するとこのことはわかりにくい。たとえば、人々の心の複雑なあり方が生み出すさまざまな問題は、おそらくそれらがあまりにも多様で多彩であるがゆえに、心の働きと脳の働きとの関係などといったごく基本的原則的なことがらとは直接の関連を見出しにくい、そんなふうに感じるのは自然なことだろう。
 しかし、じつはその印象は必ずしも正しくはない。本書では、心と脳の関係について適切に考えるための「枠組み」を作り上げる作業が行われている。心のようなつかみどころのない、あるいはむしろ、ある意味でさまざまな仕方で漠然とつかめてしまうような対象について、しっかりと、科学ときちんと折り合いのつく形で理解するためには、このような作業が欠かせない。そうしてできあがった「枠組み」は、高度な心の働きの諸相を正しく理解しようとする際にも、十分役立つはずのものなのだ。
 著者はいわゆる分析哲学のスタイルで議論を展開している。いかなるテーマについてであれ、緻密に考えようとするとき、このスタイルは有効に機能する。ただし、細部の緻密さを維持しながら、肝心のテーマについての主張の明確さを実現することは、一般にはなかなか困難なことである。本書はそのハードルをやすやすとクリアしている。そのことは最終章において著者が到達するエキサイティングな結論を一瞥すればわかるだろう。たとえば、いわく「心は脳を超え出て、身体や環境にまで広がっている」と。
 本書で、この主張へと至る議論をじっくりと味わっていただきたい。

考える脳考えない脳-心と知識の哲学-

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 081∥Ko 19∥1525 005901897
教育授業用参考図書 文社情報 491.371∥N 91 100003364

J.S.ミル 著 『自由論』

松嶋 敦茂(経済学部教授)

 井上達夫は論説「天皇制を問う視角」の中で、民主主義とリベラリズムの関係について次のように書いている。理想的な人間社会における集合的意志決定のルールとしては民主主義が最適だが、この「民主的意志決定そのものの射程を限界づける政治哲学が、この社会の根本的な政治原理とされなければならない。この政治哲学はリベラリズムである」(『現代の貧困』)と。私は井上のこの本も薦めたいのだが、以下ではリベラリズムについての古典的名著『自由論』を取り上げてみたい。
 ミルは書いている。「法的刑罰という物理的力であれ、世論という道徳的強制であれ・・・文明社会の成員に対し、彼への意志に反して正当に権力を行使しうる唯一の目的は、他人に対する危害の防止である。」これに対して、個人は自己の行為について、それが自分以外の人の利害に関係しない限り社会に対して責任をとる必要はない。これが自由の「公理」である。
 さてこの個人の自由の第一の構成要素は「思想と討論の自由」である。個人の基本的権利についてのミルの説明は具体的で興味深いが、私にとってそれは社会的・道徳的・政治的認識のための認識論としてもおもしろい。第一に、ミルの考えはK・ポッパーの表現を用いれば「可謬主義」であり、ある言説の真理性を保証するものは反対意見による「反証」に生き残ることである。反対意見を圧殺するのは「我々自身の無誤謬性を仮定することである」と。第二に彼は次のようにも言う。「沈黙させられた意見が、たとえ誤謬であるとしても、それは真理の一部を含んでいるかもしれないし、また実際含んでいることがごく普通である。そして、ある問題についての一般的ないし支配的な意見も、真理の全体であることはめったに、あるいは決してないのだから、残りの真理が補足される機会をもつのは、相反する意見の衝突によってだけである。」つまり我々が社会的領域で正しい認識を形成しうるのはただ自由な討論を通じてのみであることが強調されるのである。
 思想の自由と同様、行動の自由も自己の危険と責任に基づいてなされる限り擁護されねばならない。ミルにとって行動の自由は好き勝手に振る舞いうることであるよりも「自立性」を意味している。自発的で多様な個性に基づいて行動することが幸福の最大の要素であり、社会の進歩の第一の条件である。しかし、社会の現状は平均化であり、没個性化である。それをもたらしたのは一つには経済、交通、教育の発展であるが、とりわけそれは「世論」の力が支配的となり、「習慣の専制」が支配的となったことに求められる。
 ミルにとって自由の最大の抑圧者は旧観念としてのキリスト教道徳と新しい現実としての世論の専制であった。現代日本の自由の抑圧者は井上も指摘するように地域や職場に陋固として残存する共同体主義と集団主義であり、「世論」という名の大衆操作であろう。150年前に書かれた古典は現代日本に生きているのである。

自由論

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 133.4∥Mi 27 005902189
本館文庫新書 331.45∥MI 27 087046883
本館文庫新書 133.4∥M 27 087079105
教育文庫新書 081∥I-1∥116-6 187003502

川那部浩哉 著 『曖昧の生態学』

近藤 博之(経済学部教授)

 「曖昧の」と「学」とは一見、馴染まないように思われる。著者は草津市にある琵琶湖博物館館長である。
 本書は1.地球共生系と生物多様性、と2.「自然」の何を守るのか、の二部から成っている。一般の新聞、雑誌に書いたもの、講演などを編集したものである。主として淡水魚の話が全体に散りばめられていて、それらに引きずられて読み進むうちに生物群集の生態の迷路に引き込まれてしまう。例えば日本在来のヤマメやイワナといった川魚の話やアフリカのタンガニイカ湖の話がよくでてくる。
 「藻食性のカワスズメは、一般になわばりをもち、それは同種の個体間だけではなくて、他の種の個体にも及びます。しかし、梳き取り型の優占種と切り取り型の優占種のあいだでは、そのなわばりは互いに完全に重なり、かつそのあいだでは、争いも全くといってよいほどありません。それどころか、ある岩場から梳き取り型の優占種を取り除いてみたところ、さまざまの藻を食う種がやってきましたのですが、切り取り型の最優占種は逆に、この岩場からほとんど消えてしまったのです。」…………「現地(タンガニイカ湖)の人たちの常食というか、主食であるキャッサバが、シロアリの被害にあってたいへんだという話を聞きました。この植物は南アメリカの原産なのですが、そこではシロアリは生きているキャッサバを攻撃することはなくて、それが枯れてから食うのだそうです。シロアリという動物は元来そういうもので、木が枯れてから、あるいは木の枯れている部分を食うのが原則なのですね。それをアフリカで植えると、生きているあいだからかじられてしまう。べつにアフリカのシロアリが仁義を心得ないのではなくて、アフリカ在来の木に対しては、原則どおり枯れてからしか攻撃しない。」
 引用が長すぎたが、興味は生物群集の生態の曖昧さである。現象というものは易しくても、難しくても面白くない。生物群集の生態が面白いということは理解するのに手頃だということだろう。さらに迷路の奥に入りたくなる。

曖昧の生態学

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 468.04∥Ka 96 005901898
本館開架 468.04∥KA 96 096001016

松本修 著 『全国アホ・バカ分布考-はるかなる言葉の旅路-』

馬場 義弘(教育学部助教授)

 たった一つの疑問から、ねばりと努力とによって1冊の本が生まれた。著者の松本修氏は、テレビ番組「探偵!ナイトスクープ」のプロデューサーである。話は、番組に寄せられた「調査依頼」のハガキから始まる。東京の人は「バカ」と言い、大阪の人は「アホ」と言う。では、「バカ」を使う地域と「アホ」を使う地域との境界線はどこにあるのか。
 この疑問に答えるために、番組では「探偵」が東海道を行ったり来たりして、土地の人から聞き取り調査をおこなった。さらに視聴者に情報提供を求め、全国規模の分布調査を行うことになった。こうして完成したのが「全国アホ・バカ分布図」である。
 この分布図は、「アホ」「バカ」に相当する言葉が全国に多数存在し、しかもその分布が関西を中心に同心円を描いていることを示していた。これは柳田國男の方言周圏論の有効性を改めて、かつ強力に実証するものとなった。方言周圏論とは方言分布のパターンに関する理論で、池に石を投げ込んで出来る波紋のように、新しい言葉が都から発生し、それが同心円状に遠くへ遠くへ伝わるという理論である。この理論はかつては熱狂的に支持されたが、柳田が調査した「カタツムリ」方言に匹敵するだけの多重同心円を描く方言が他には見いだされなかった。柳田自身も晩年には理論の有効性について弱気の発言をするにいたる。だが「アホ」「バカ」は見事な多重の同心円を描いたのである。ここからさらに「はるかなる言葉の旅路」は続く。読者は、著者とともに疑問をもち、早合点し、そして真理を見い出すことになろう。
 著者は、都合の悪いデータも無視しないで大切に扱う。例えば「タワケ」は、中部地方独特の言葉だから例外として処理しようとも考えたが、調べるうちに、実は山口県、高知県など西日本にも分布しており、同心円を描く言葉であることがわかった。
 また方言周圏論にしたがえば「アホ」は「バカ」よりも新しい言葉でなければならないのに、文献では1世紀半も早く登場している。著者は、そこにこだわった。そしてついにその謎が解けたとき、「まわりが違って見える。(中略)誰かにぜひ、この小さな歓びを語りたい。」と興奮する。本書は臨場感あふれる学問ドキュメンタリーである。

全国アホ・バカ分布考-はるかなる言葉の旅路-

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館授業用参考図書 清瀬みさを 810.2∥Ma 81 002005933
本館開架 教員推薦 810.2∥Ma 81 005901899

丸山圭三郎 著 『言葉とは何か』

大嶋 彰(教育学部教授)

 私の専門は絵画。いわゆる抽象絵画を描いていますが、それと同時に、現代美術と教育との関係については仕事以上の関心をもっています。美術と教育の関係は人間そのものの問題といえるからです。
 さて、私の薦める1冊の本として、丸山圭三郎著『言葉とは何か』(夏目書房)を取り上げました。言語学が美術や教育とどんな関係があるのか不思議に思われるかもしれませんが、実は、私にとって絵画制作と教育の最も根源的な理論をもたらしてくれた人が丸山圭三郎だったからなのです。この本は、ソシュール研究に始まり、現代思想に絶大な影響を及ぼした丸山理論の入門書に当たるものですので、大学生や若い人たちに是非読んでもらいたい1冊です。もっとも、年をとってからではショックが大きすぎて責任が取れないということもありますが。
 冒頭はこのような一節から始まります。「私たちが言葉に対してもっている常識のなかには、実はとんでもない間違った考えも少なくありません。その典型的なものは、『言葉とは物や概念の呼び名である』という考え方です。」つまり、あらかじめ本物としての物や概念が存在して、それにラベルのように言葉を貼り付けたのだ、という考え方はとんでもない間違いだというわけです。すでに言葉をもってしまった私たち人間の社会では「本物=実体」は存在せず、言葉の働きとは、たとえば砂浜に網を投げるがごとく分節線を引き、連続した砂に「区切り=差異」をつくり出すようなものであり、したがってその差異はズレたり増減したりするものなのです。
 このような考え方は、美術にとっても目から鱗でしょう。たとえば印象派は、究極の写実をめざして自然の瞬間をカンバスに切り取ろうとしましたが、それぞれの瞬間の分節線はゆらぎのなかにあります。本物はするりとぬける砂粒のように連続体に解体され、20世紀美術の新たな実験を促すことになりました。本物は消えてしまったのです。そして新たな生成が始まることになりました。
 ここに、子どもの身体と行為をみることは、さほどの距離ではないと思うのですが如何でしょうか。ともかく、私たちを拘束し続けている「本物」をいったん括弧に入れ、生活の肌理に降りていく今日のさまざまな現象学的、実践的な研究の重要性も、丸山圭三郎ぬきには語れないといえるでしょう。

言葉とは何か

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 801∥Ma 59 005003877
教育開架 801∥Ma 59 102001645

吉川幸次郎、桑原武夫 編 『新唐詩編続編』

田中穂積(経済学部講師)

 この本に出会ったのは、今から三十五年前の学生時代であった。初めは何気なく手にした『新唐詩選』吉川幸次郎・三好達治著の李白・杜甫を中心とする、唐時代の漢詩解説書の積もりで読み始めたものだった。単なる漢詩の解説に留まらず、唐の時代背景・詩人達の個性から人生観に至るまで丁寧に解説してくれた非常に読みやすい本であった。しばらくしてその続編が出版されたことを知り早速買い求めてみたが、読み始めてびっくりした。李白・杜甫を中心とする盛唐の時代から少し下がって、中庸の時代、即ち八世紀後半から九世紀前半にかけての詩人達、白居易・韓愈の時代であるが、特に白居易(字は白楽天)を中心とする解説書にもかかわらず、まるで一代ドラマを見ているような錯覚に陥って引きずり込まれるように読み耽った記憶がある。以来三十五年間、民間企業に勤めていた時も現在も絶えず手元に置き、折りに触れ読み返しているが、全く飽きることがない不思議な書物である。
 白楽天と言えば、日本では菅原道真や紫式部・清少納言に影響を与えたことでも知られ、馴染み深い詩人であるが、その白楽天の、長恨歌、は、唐の絶頂期から衰退に向かう立役者、玄宗皇帝と、その愛人楊貴妃の恋物語である。中国の歴史に少しでも興味のある人なら誰でも知っている玄宗皇帝と楊貴妃の出会いから悲劇的な死別、そしてその後に続く、玄宗皇帝の心の葛藤のドラマを漢詩として歌い上げている。物語そのものも面白いし、漢詩も美しい。しかし吉川幸次郎と言う解説者は一体どんな人なのか、解説そのものがまるで散文詩か音楽のように耳に残り心に訴えてくる。どの文章をとっても、キラキラと輝く宝石がちりばめられているようで、まるで絵画的夢を見ているような幻想的世界に誘ってくれる。言葉の美しさ・言葉の魔術を見ているような気になる。私だけがそうなのかと思っていたら、以前毎日新聞の、私の好きな一冊、欄で同じような感想文を載せていた著名人がいたので、やはりこれは名作なのだと改めて納得したものである。
 インド・パキスタン・イラン等僻地巡りをした時にこの本を必ず携行し、有り余る時間を持て余すこともなく、異国の夜空を眺めながらこの本を朗読したものである。
 外国人留学生への日本事情講座にも折りに触れこの本の解説を試みている。題材は中国だが、これは間違いなく日本と日本の文化そのものであると思う。
 一読をお勧めする。

新唐詩編 岩波新書;青版-106,165.1952-1954

正篇の著者:吉川幸次郎、三好達治 続篇の著者:吉川幸次郎、桑原武夫

巻号 所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
正篇 本館書庫 921.24∥Y 89 087155500
本館書庫 921.43∥Y 89 087155515
続篇 本館開架 教員推薦 921.43∥Y 89 087155514
教育文庫新書 081∥I 1∥165 187108890

新唐詩選 吉川幸次郎、三好達治著.改版(第30刷).岩波新書;青版-106.1965

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館文庫新書 921.43∥Y 89 087048860

アメリア・アナレス 著 『なぜ、これがアートなの?』

辻 裕久(教育学部助教授)

 私の専門は音楽である。音楽は「音を楽しむと書く・・・。」とはよく言われることだが、楽しむと言うのにも、勿論いろいろな楽しみ方があって、何も耳に心地よいもの、楽しい曲想のものばかりを音楽と言うのではない。『なぜ、これがアートなの?』は、美術鑑賞における、そういった「楽しみ方」に関する本で、前衛と言われる芸術作品に触れるためのヒントを与えてくれる。一般的に社会であまり理解されにくいアーティストと呼ばれる人々の発想について、彼らの頭の中を覗くようなつもりで読んでゆくと、この本はなかなかおもしろい。
 著者のアメリア・アレナス女史は、ニューヨーク近代美術館教育部の名物講師である。彼女の示す作品理解への提案は、美術鑑賞のためと言うよりはむしろ、頭脳の活性化、思考能力の向上に役立ちそうだ。普段当たり前のようにとっている行動や判断にも、考える余地がでてくる。読んで行くうちに、頭の隅っこで錆び付いていた、或いは、未だかつて使われた事のなかった脳細胞たちが、少しずつ動き出してゆくような、そんな気がしてくる。人にはそれぞれ自分の頭で理解できるキャパシティーがあって、その限度を超えた範囲のことには、戸惑ったり、ときには不快感を覚えてしまう。しかしこと芸術に関して言えばそのキャパシティーは、経験と興味によって、意外と簡単に広げることが可能だと私は思っている。そしてひとたびそのキャパシティー拡張に成功すると、その成長した頭脳には、今度は説明的なもの、平易なものが物足りなく感じられてくるだろう。こうした形で頭脳を訓練するのも悪い方法ではなく、むしろ色々なことに機転のきく、柔軟な頭を育てると私は思う。時代劇の「この紋所が目に入らぬくぁ~」とか、「これにて一件らくちゃ~く」が心地よいのは文字通り「紋切り型」で、型にはまっている安心感があるからだ。私もそれが嫌いなわけではないが、やはりそれだけでは、頭はどんどん想像する事を怠けてしまうだろう。必要最低限の部分しか使わない、容量の少ない電算機のようになってしまうかもしれない。
 是非この一冊を様々なアートに触れる心の準備のために、そして頭脳活性化のために、読んでみて欲しい。そんなに過激な事が書かれているわけでもなく、また前衛芸術の知識を高めるといった内容の本でもない。ときに説明的過ぎる所もあるので、著者も示す通り上級者向きではないかもしれない。音楽にも、舞台芸術にも、美術にも、基本的には説明は要らない。感じるままに感じて欲しい。そして是非、最終的には人の脳を通してではなく、自分の頭で、様々なアートを楽しんでいただきたい。芸術は心のためのみならず。頭を刺激し、育てるものです。

なぜ、これがアートなの?

刷年 所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 702.7∥A 68 005901900
本館開架 702.7∥A 68 098001485
2001 教育開架 704∥A 68 102002168

(参考)なぜ、これがアートなの?.逢坂恵理子編集/アメリア・アナレス、逢坂恵理子執筆(水戸芸術館現代美術センター展覧会資料:第39号)

刷年 所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
1999 教育開架 706.9∥O 92 102001725
教育書庫 706.9∥O 92 187051872

ジャン・ジャック・ルソー 著 『エミール』

三輪 貴美枝(教育学部助教授)

 本書は、十八世紀フランスの思想家ルソーがちょうど五十歳のときに著したフィクションである。「または、教育について」という副題が付いているように、それは「私」が受け持ったエミールという名の孤児を、一人前に育てあげる実践記録を内容とする一人称の小説で、一七六二年の出版以来多くの読者を獲得し、世界の教育界、ことにその「転換期」には大きな影響を与えてきた教育学の古典中の古典である。
 本書は全五編から成っており、短い「はじめに」に続いて、おおよそ各編は乳児期、幼児期・児童前期、児童後期、青少年期、青年期・結婚適齢期の教育を主要な内容としており、その各々には、それぞれ固有の教育課題、たとえば乳児期には身体を中心とした養護、幼児期には感官訓練、児童期には知育と言ったように、発達段階に即した課題が与えられている。心理学のまだ十分に発達していなかった時代での彼の人間観察はそれが素朴であるがゆえに、かえって教育とは何なのか、その本質をクリアに訴えかけてくる。
 『エミール』を貫く基本的な姿勢は、何といっても「自分で自分の生活を管理できる人間」の完成を目指したことにあり、そのための教育はすでに乳幼児期に現れているという。それゆえ、この時期に徹底的に身体と感覚とを鍛えることこそが、どのような境遇におかれても生き抜いていくことのできる人間形成の出発点である。しかし、本来は自然が「試練」という形で人間に与えたはずのこの出発点は、他ならぬ人間自身によっていつしか忘却の彼方に追いやられてしまった。その回復こそ『エミール』においてルソーが最も訴えたかったことだったと言っていい。子どもに芽生え始めた危ない欲望に無闇に従う「残酷な母親」、これこそ彼の最も忌避すべき存在だったのかも知れない。
 子どもへの愛情そのものは素晴らしい。しかし、ひとたびその方向を取り違えた時、その愛情は子どもの未来を無残に打ち砕く魔の手となることを、『エミール』を読み返すごとに再認識させられる。

エミール(岩波文庫、出版年1962-1964)

巻号 所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館文庫新書 371∥R 76 087046941
本館文庫新書 371∥R 76 087046942
本館開架 教員推薦 371∥R 76 005902188
教育文庫新書 081∥I 1∥622-1 187004613
教育文庫新書 081∥I 1∥622-1 187041689
本館開架 教員推薦 371∥R 76 005901901
本館文庫新書 371∥R 76 087046943
本館開架 教員推薦 371∥R 76 005901902
本館文庫新書 371∥R 76 087046944
教育文庫新書 081∥I 1∥622-3 187004615
622-2 教育文庫新書 081∥I 1∥622-2 187004614

上記以外にも、ルソー全集などがあります。

マックス・ウェーバー 著 『職業としての政治』

鈴木 正仁(経済学部教授)

 宗男ハウスから真紀子辞職まで、現在の日本ほど政治不毛の社会はないといってよい。われわれが日本の政治を語るとき、ある種の自嘲と無力をこめることが多い。しかしながら、本当に政治ってそんなものなのだろうか。たとえば、今回の小泉首相の訪朝の決断である。あのニュースを聞いたとき、多くの人は虚をつかれるとともに、ひょっとしたら事態は動くかもしれないという淡い期待と、そして、どこかで「これこそが政治だ」という思いも抱いたにちがいない。
 政治ってなんだろう。この疑問に率直に答えるのが、二十世紀初頭のドイツの社会学者ウェーバーが著したこの本である。私自身ウェーバー研究をテーマにしてきたこともあるが、それだけでなく政治家やジャーナリストあるいは財界人に、この本を愛読書にあげる人も多い。それだけ、座右の書たるにふさわしい内容なのであろう。
 ウェーバーは語る。政治とは決断である、と。官僚の本分が与えられた職務の忠実な遂行にあるのに対して、政治家のそれは、未来を構想したあれかこれかの自由な決断とその実現にある、と。これを行いうる人間は、燃える情熱と冷静な見識という相反する資質をもたなければならず、それを支えるのは現実への真摯な責任感に他ならない、と。そしてその最大の敵は、現実に直面しない夜郎自大な大言壮語と自分に酔う虚栄心にあるとするのである。彼は述べる。「政治とは、情熱と見識とによって、固い板に穴をあけてゆく力強い緩慢な仕事である。もしも世の中で不可能なことを成し遂げようとする試みが繰り返されなかったならば、可能なことも成し遂げられなかったであろうというのは全く正しいことで、あらゆる歴史的経験がこれを裏書きしている」と。
 この言葉が語られたのは、第一次大戦に敗れたドイツが、最大の国難に陥ったまさにその時であった。革命の騒乱と神秘主義への逃避が蔓延するなかで、彼は来るべき「反動の時代」の暗い予兆を見据えて、「それで私の心は挫けはしないが、しかし気持ちが重たくなる」と告白しつつも、なお、「私はドイツのこの暗澹たる屈辱の日々ほど、ドイツ人たることを天の恵みと感じたことは一度もない」と言い切るのである。けだし、政治的人間の真骨頂とも言うべきであろう。

職業としての政治.マックス・ウェーバー著/西島芳二訳. 岩波書店, 1952(岩波文庫:4285)

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館書庫 311∥W 51 087068731
教育文庫新書 081∥I 1∥1-676 187109101

職業としての政治. マックス・ヴェーバー著/脇圭平訳. 岩波書店, 1980(岩波文庫:白(34)-209-7,34-209-7)

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 311∥W 51 005901903
本館文庫新書 311∥W 51 087046839
教育文庫新書 081∥I-1∥209-7 187003578

長沢工 著 『流星と流星群-流星とは何がどうして光るのか-』

大山 真満(教育学部講師)

 流れ星は今も昔も人々を魅了し続けている宇宙からの贈り物です。現代では、流れ星は宇宙から地球に降り注ぐものと当然のように知られていますが、昔は宇宙から来ているのか、それとも地球起源なのかよく分かっていませんでした。その流れ星の起源を知るために、様々なアイデアや苦労の下、流れ星の観測が行われてきたのです。この本では流れ星とはどんなものであるかについて書かれているだけでなく、流星観測の歴史にも触れています。私がこの本を読み、特に先人達のアイデアの素晴らしさに感動したものを一つ紹介します。それは二十世紀前半にかけての話です。
 流れ星が太陽系内の物質か、それともはるか遠くの恒星空間から旅してきたものか、それとも地球起源のものかを突き止めていくには、流れ星の『速さを知る』必要があります。『速さを知る』、文字に書けばたった五文字の簡単な言葉ですが、多くの人たちを悩ませてきた問題でもあります。皆さんもどのようにすればよいか想像してみて下さい。速さを知るには、流れ星が光っている時間とその間に動いた距離を知る必要があります。距離を知るには、まず星空の中を動いた角度を二点観測から知らなければなりません。では、光っている時間はどうでしょう。流れ星を見たことのある人は実感して頂けると思いますが、一瞬の内にスーッと光り消えていく時間を計るというのは容易なことではありません。そこで、エストニアのエーピクという人が、独特の観測法を考えました。それは、○.一秒という短周期で振動させた平面鏡を使って流れ星を観測する方法です。通常まっすぐに流れる流れ星が、この振動した鏡の中ではらせんを描きながら流れます。このらせんの数を数えることで流れ星の見えている時間を測定することができるのです。実のところ、これらの観測で得られた速度は精度のよいものではありませんでした。しかし、私は、エーピクのアイデアに素直に驚かされました。この本では、そういった先人達の考え方や発想も一緒に楽しむことができます。
 流星群の時期以外にも流れ星は毎日流れています。しかし、最近ではなかなか見ることがなくなったのではないでしょうか。それは夜空が明るくなったせいもあります。また星空を眺めるという時間や余裕がなくなっていることもきっとあるでしょう。月夜でなければ、滋賀大学からも流れ星を見ることができます。
 この本を読む一休みに、ビールでも飲みながら夜空を眺めてみてはいかがでしょうか。

流星と流星群-流星とは何がどうして光るのか-

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 447.3∥N 22 005901904

森嶋通夫 著 『思想としての近代経済学』

酒井 泰弘(経済学部教授)

 著者は、「世界のモリシマ」である。森嶋通夫教授は、日本が世界に誇る「経済学のスーパースター」の一人である。もう二十年以上も前から、ノーベル経済学賞候補者に挙げられていたと聞いている。
 「マルクスは偉大な学者です。何故なら、マルクスは死後百年経った今日においても、学問的になお生き続けているからです!」これは、一九七一年のニューヨークの国際学会の招待講演の中で、森嶋先生が最後に力説された言葉である。その途端、聴衆全体が一斉に立上がり、万雷の拍手が何度も鳴り響いた。当時、留学生だった私は「森嶋先生は凄い学者だ。日本の経済学も捨てたものではない!」と痛く感じたものだった。
 そういう物凄い「世界のモリシマ」の英気が、『思想としての近代経済学』の隅々に満ちみちているのだ。本書の切口は、初めから終りまで例の「森嶋節」である。
 「毎度のことだが、妻は各章の原稿を読んで、書き改めをしばしば勧告した。激論になったこともあったが、いまでは彼女の意見のほとんどすべてに従ったことは賢明だったと思っている」
 「効用極大、利潤極大の行為だけが合理的な行動であるのではない。商人の〈信用〉を重んじる行動も合理的だし、官僚や会社員の行動も出世合理的である。労働市場や土地市場は、極めて人間的・社会的な市場である」
 「高田保馬の勢力論やウェーバーの官僚制の研究を発展させ、経済学に取り入れることが必要であると思う。いずれにせよ、二十一世紀では経済学と社会学は非常に密接な学問になるに違いない」
 我々はすでに二十一世紀に突入している。経済は停滞し、経済学も閉塞状態にある。「モリシマに続け!」 ― これが本書の紙背に流れるメッセージである。第二の森嶋、第三の森嶋が日本から輩出することを期待したいと思う。

思想としての近代経済学

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 081∥I 95∥321 005901905
本館授業用参考図書 御崎加代子 081∥I 95∥321 093006797
教育文庫新書 081∥I 1∥5-321 193004888

湯浅晃 著 『武道伝書を読む』

村山 勤治(教育学部助教授)

 「武道」や「伝書」と聞いただけで、硬いイメージや難解な古文で書かれていて、取っ付きにくいと感じている人が多いと思います。確かに武道伝書の多くは近世、江戸時代にくずし字体で書かれたものがほとんどです。しかし、本書に紹介されている伝書の引用は、中世期の古典文字などとは全く違って、新字体が用いられているため、古文が苦手な人や武道に精通していない人でも、少し慣れれば簡単に読めると思います。
 本書の構成は、第一部では、はじめに芸能の修行を「道」として、終生修行の伝統を確立した世阿弥の能楽論『風姿花伝』が採りあげられています。つぎに剣術伝書の中から、柳生但馬守宗矩が著した柳生新陰流の基本伝書である『兵法家伝書』や今年一月から始まったNHKの大河ドラマ「武蔵」の主人公である宮本武蔵が著した有名な『五輪書』などを採りあげ、剣術(剣道)が「武術」(戦闘技術)→「武芸」(身体文化)→「道」(精神文化)→「試合」(競技)へと進化していく様子が理解できるように、それぞれの段階が示された表現の解りやすいものを選び解説されています。第二部では、柔術、弓術、槍術、薙刀術などの剣術以外の武術が採りあげられています。近世の柔術では、武技(技法)である「殺法」と蘇生や医療である「活法」が併習されていました。この活殺自在の考え方は、剣術にはみられない思想的、文化的文脈のなかで捉えられ、「殺」と「活」の共存が、平和な時代に武術として生き残りを可能にしたといわれる一つの「道」であったことが窺い知れます。また、近代では、嘉納治五郎が、殺法のわざの理合を運動構造化して「講道館柔道」をつくりあげ、一般的法則性を明らかにした経緯などが解説されています。
 著者である湯浅氏は、本書から学べることとして、『五輪書』を例に、剣術(武術)の技術に関すること、師弟関係を含めた教育に関すること、企業の経営者や管理的立場での企業戦略や社員教育・管理に関することなどを挙げています。とくにこの『五輪書』は、これまでに翻訳本を含めて数多くの書物が出版されており、国内にとどまらず海外へ普及されていることからもその有効性が経験上認められているといってもいいでしょう。さらに、読み方次第によっては、これからの社会を生きていくために必要なさまざまなことを武道伝書は教えてくれると述べています。
 この機会に一度伝書の講読に挑戦してみてはいかがでしょうか?

武道伝書を読む

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 789∥Y 96 005003878
教育授業用参考図書 体育 789∥Y 96 101002139

中小企業庁 編 『中小企業白書(2002年版)』(「まちの起業家」の時代へ:誕生、成長発展と国民経済の活性化)

戸田 俊彦(経済学部教授)

 私の専門は中小企業論、特に中小企業の盛衰の要因分析ですが、これらに数々の情報・データを提供してきたのが中小企業白書です。
 二〇〇二年版の中小企業白書は、前年からの流れを受け継ぎ、図表を中心にしてカラー化され、グラビア雑誌のページを繰っているような気分になります。おまけにCD-ROMが添付され、キーワード(フリーワード)による全文検索機能が備えられ、活用しやすくなっています。
 第一部で、最近の中小企業の動向が報告され、第二部で、誕生、発展・成長する存在としての中小企業につき詳しく論じられ主張されて圧巻である。倒産・廃業をめぐって、執筆者である中小企業庁調査室長・安田武彦氏等との勉強会に臨み得たことも忘れられない。さらに、平成十三年度において講じた中小企業施策、平成十四年度において講じようとする中小企業施策が示されている。
 中小企業白書は、十年以上の期間で見た各種統計図表の豊富な提示、詳しく具体的な事例紹介、アンケートの項目の的確さ、国際比較や県単位での地域比較も欠かしていないなど、中小企業や日本経済の過去を知り、現在を知り、将来を考えるまたとないレベルの高い書物であり、手引書である。私自身も学会報告や巻頭言等の小論に活用したことはよくあり、さらに講義での情報源としてなくてはならないものです。いわば、隠さずにいえば商売の種本といってもよいものです。皆さんも卒論やゼミ報告での活用を期待できると思います。
 ビジネスマンを目指す諸君にも、教育界や高齢者介護、環境問題に進むあなたにも、要はすべての人に薦められる。私が中小企業白書をはじめて購入したのは昭和四十二年、大学四年生のときで、以来毎年求め保管し、活用しています。小さきものの強み、弱み、活躍ぶりなど、いわば真の姿を知ってもらいたい。そんな思いもこめてこの書物を薦めたい。しかも中小企業庁のホームページから全文を無料入手できることも薦めがいがあるというものです。

『中小企業白書(2002年版)』(「まちの起業家」の時代へ:誕生、成長発展と国民経済の活性化)

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 335.35∥C 67 005003838
本館書庫 335.35∥C 67 002003943
教育書庫 335.35∥C 67 102000237

堀尾輝久 著 『いま、教育基本法を読む』

梅田 修(生涯学習教育研究センター教授)

 いま、教育基本法「改正」問題が急浮上しています。中央教育審議会は、「改正」を前提とした「答申」(二〇〇三年三月二〇日)を出しました。この原稿を読まれる頃には、「答申」に基づいた「改正法案」が国会に上程されているかもしれません。
 こうした状況の中で、永年、日本国憲法と教育基本法の歴史的意義を強調してきた著者が緊急に出版したのが本書です。もちろん、緊急に出版したからといって、粗雑にかかれているわけではありません。教育基本法「改正」論者の立論にも反論する形で、あらためて教育基本法の歴史的意義を説く内容になっています。
 本書の第一部「教育改革と教育基本法」は、今日の「改正」をめぐる状況を概観した後、教育基本法が誕生した歴史的事情と、戦後史の中でその意義が再発見されてきた経過にふれています。第二部「教育基本法とはどんな法律か」は、教育基本法の逐条的な解説ですが、あくまでも、三つの観点(日本国憲法と一体のものであること、教育勅語に代わるものであること、発展的な解釈が可能な形で教育理念が提起されていること)を明確にした上での解説という点に特徴があります。
 中央教育審議会「答申」も、現在生じている教育問題の原因が教育基本法にあるとはいえませんでした。教育基本法に書かれている内容を否定することもできませんでした。しかし、「改正」が必要だと結論づけるのです。なぜか。「新しい時代」にふさわしい教育基本法が必要だという論法です。筆者は、この「新しい時代」像もとりあげ、たとえばそれは、「グローバリゼーションのなかでの大競争に打ち克つための人材養成」といったことではないかと指摘しています。
 この本は、今日の時点で、教育基本法の意義をとらえ直す手がかりを与えると思います。

いま、教育基本法を読む

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 373.2∥H 89 002008344
本館開架 教員推薦 373.2∥H 89 005901906
教育開架 373.22∥H 89 103003349

シャーマン・スタイン 著 『数学ができる人はこう考える』

大濱 巖(経済学部助教授)

 私が経済学部で数学を講義する際にテーマとしていることが一つだけある。それは定理や公式といった数学的事実ではなく、その発見に至った道筋、いわゆる「数学的思考」を感じとってほしいということだ。数学テクニックなどは講義に出席している大半の学生にとっては単位取得のためだけの一時的な知識であろうが、「数学的思考」すなわち「論理的な考え方」はどんな人のどんな状況にでも活用できると信じている。このような考え方を学ぶことこそが数学を学ぶことの本当の意味ではないだろうか。
 しかしながら「考え方を学ぶ」というのは一筋縄ではいかない。「考え方」は実際に自分で考え、ときには手を動かし(計算し)て初めてなんとなく見えてくるものであろう。本書はこの立場に立って全ての章が書かれている。各章は具体的な一つのテーマ(例えば野球チームの勝敗パターン)を取り上げ、そこから生じる「単純な疑問」を解決するという構成になっている。著者がこだわっているのは実際に読者に手を動かさせるということと、「常識」で理解可能な論理を展開するということである。読者は自らの手を動かし考えることによって以降の論理展開へ興味を抱き、「常識」の範囲内で問題解決への論理をフォローできるのである。訳者もあとがきに書いているが、この「手を動かし試行錯誤する」というのは我々プロの数学者もやっていることであり、その様を見せることによって数学が無味乾燥なものではなく、新たな発見の喜びや驚きが見出せるものであることを上手に読者に伝えている。取り上げている分野も確率統計、トポロジー、グラフ理論、集合論など多岐にわたり、また「背理法」「場合わけ」といった数学的思考の根幹をなす概念が上手に組み込まれている。
 この本は数学パズルの解説書でもなければ居丈高な数学絶対主義の思想書でもない。あくまで結論は読者に任せながらも、筆者の数学に対する想いを感じさせる良書である。数学を学ぶことへの疑問を感じている学生諸君はもちろんのこと、既に社会で活躍している方々にも一読の価値があろう。

数学ができる人はこう考える

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館授業用参考図書 大濱巖 410∥St 3 003000423
本館開架 教員推薦 410∥St 3 005901907

ベルンハルト・シュリンク 著 『逃げてゆく愛』

渡邊 暁彦(教育学部講師)

 先ごろ、ドイツ国内では一本の映画が好評を博していました。その名も「グッバイ・レーニン!」。タイトルからもうかがえるように、旧東ドイツを揶揄したコメディー作品です。
 映画は、ドイツ統一前に昏睡に陥った母親が再び目を覚ますと、祖国東ドイツがなくなっているという設定。医者から、母親に二度と精神的ショックを与えないように注意されていた息子は、以前と何も変わらないかのように必死で取り繕います。が、窓から見えるコカ・コーラの巨大な広告、旧西ドイツ地域から引っ越してきた隣人との関係など、次から次へと騒動が起こって…(『ドイチュラント』二〇〇三年八/九月号)。
 一見、他愛無いコメディー作品のようですが、素直にコメディーとして受け取れないところに、今日のドイツが抱える問題の根深さがあります。ベルリンの壁が崩壊してすでに十年以上経ちますが、今なおドイツの人々を隔てる「心の壁」は残されたままだからです。
 さて、そのようなドイツが抱える複雑な事情を、何気ない普段の日常生活の視点から描いたのが本書『逃げてゆく愛』です。著者は、『朗読者』で一躍世界的に名を馳せたB.シュリンク。こちらは日本でもベストセラーとなりましたので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。本書は七つの物語からなる著者初の短編集です。
 ここには、妻をも密告する旧東ドイツ秘密警察の実態を描く「脱線」、一枚の絵からナチス時代の父親の秘密に迫る「少女とトカゲ」など、ドイツ固有の過去と向き合う作品の数々が収められています。テーマがテーマだけに気が滅入りそうになりますが、そこは人気作家(兼法律家!)。ときに日常のコミカルな風景や、最近の若者の風俗などを巧みに物語に織り込み、読者をあきさせません。また何より、一方の側を単に糾弾するだけでなく、彼らにさえ愛情を持って接する描き方には、著者の人間性に対する深い信頼が感じられます。読む者を温かい気持ちにすらさせてくれます。
 前作『朗読者』では、戦争犯罪の責任を問われたハンナが、裁判官に向かって静かに「あなただったら何をしましたか?」と問いかける場面がありました。本作品でも、時代設定は様々ですが、こうした問いかけが物語の底流にあります。「過去の克服」とは何か。自らの問題として考えていきたいものです。

逃げてゆく愛

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 943.7∥Sc 4 005901908
教育開架 943.7∥Sc 4 103002442

スタンレー・コレン 著 『左利きは危険がいっぱい』

谷上亜紀(経済学部助教授)

 人間の約九割は右利きであるということを知っていましたか。では、猫では右利きと左利きの割合が同程度であるということは?日本のような車両左側通行の道では、左利きのドライバーよりも右利きのドライバーのほうが事故を起こしやすいというのはほんとうでしょうか。母親の出産年齢が高くなるにつれて、生まれる子供の利き手が左になる可能性が高まるということを知っていましたか。昔から左利きには天才や芸術家が多いと言われていたそうですが、これは事実でしょうか。
 この本には、利き手についてのありとあらゆる話題が詰まっています。文化や宗教において右と左が持つ意味、右脳の働きと左脳の働きについて世間に行き渡っている「科学的な」噂(?)、など、どれも興味深いものですが、中でも情熱を込めて語られるのが、人口の約一割を占めるという左手利きの人たちです。著者自身の研究の経過と成果を中心に、左手利きの人たちの特徴についてこれまでに得られてきた数多くの知見が(うーん?、と思うようなものもありますが)並べられています。
 乏しい研究費をやりくりして研究を進めてきた、という事情のためか、研究方法もユニークです。紀元前三千年から現代にいたるまでの絵画を調べ、そこに描かれた人物がどちらの手を使っているかを確かめることによって、それぞれの時代における左手利きの割合を推定したり、『ベースボール・エンサイクロペディア』に載っている二千人以上の野球選手の記録から、選手の利き手と寿命のデータを抜き出して両者の関係を調べたり、といった具合です。そのようにして検証されてきた仮説が、邦訳のタイトルである、『左利きは危険がいっぱい』ということになるわけです。
 ところで、著者は、「左利きの人は目立たない」言い換えれば右利きの人は、周囲の誰かが左利きであってもそれに気づかないことが多いと述べていますが、実際にそうなのでしょうか。ちょっと自分の周囲のことを考えてみると、たしかに、左利きは自分の弟とその娘くらいしか思い当たりません。割合から言えば知人の十人に一人は左利きのはずなのですが・・・やはり、右利きの私は左利きの人に気づきにくいのでしょうか。

左利きは危険がいっぱい

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 491.37∥C 88 095006072

朝岡康二 著 『古着』

興倉弘子(教育学部助教授)

 私達の衣生活について、資源の有効利用と環境保全の視点から問い直してみると、衣服のリユース(中古衣料としての利用)は循環型社会を形成するための有効な手段の一つです。国内での中古衣料市場の伸び悩みが指摘される中、この本「古着―衣生活の変容とリサイクル文化―」を目にしました。
 本書は近代以降の衣生活の変容を、衣服の仕立てと着方、管理と保存、再生と再利用など日常生活の具体的な変化として捉え直しています。記述が専門書に近いため、やや読みにくいかもしれませんが、内容的には衣生活の変容を多方面から捉えた生活文化史として興味深いものがあります。特に、化学繊維の生産が開始された以降の「古着の現在」については、輸出された古着が東南アジアでどのように受け入れられているか、また若者に人気のファッション系古着としての輸入古着の増加など、衣生活の現状を解説しており読み応えがあります。古着には着用者の個性や置かれた状況が反映され、 継ぎ当てや刺し子など衣服(布)をめぐる創意工夫が生産と流通の発展を促し、リサイクル文化を形成してきました。人から人へ繰り返し着用され受け継がれていく古着は単なるボロではありません。古着に対する「貧困者に譲る」という感覚は、大量生産・大量消費を促す風潮下にあって形成された偏見のように思われます。読み終わると、衣服を繊維資源として大切に繰り返し使用した時代を顧みて、暖衣飽食の時代といわれる今日の衣生活を見直してみようという気持ちになります。
 蛇足かもしれませんが、私のように「小学生の息子があまり本を読まない」とお嘆きのお母さんにはこれがお薦めです。デルトラ・クエスト(第一部八冊、第二部三冊)、エミリー・ロッタ作、岡田好恵訳、岩崎書店(二〇〇三)。デルトラ王国の若き王子が仲間と共に邪悪な侵略者から国民を守るという定番の冒険小説ですが、ハリーポッターより展開が早く一話完結型で集中して読めます。親子で読んで楽しめます。これをきっかけに読書が好きになって欲しいですね。

古着

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 380.8∥Mo 35∥114 003002853
本館開架 教員推薦 380.8∥Mo 35∥114 005901909
教育授業用参考図書 家政教育 383.1∥A 88 103001441
教育開架 383.1∥A 88 103002398

小室直樹 著 『痛快!憲法学』

永田えり子(経済学部教授)

 私ごときがこのようにいうのは僭越であるが、あえていわせていただくなら、小室直樹師は天才である。とりわけものごとのエッセンスをたちどころにつかむ理解力、そして、それを伝える教育力において。
 私は経済学部出身である。しかし正直なところ、経済学がどのような学問であるのか、学部の講義を聴いていてもちっともわからなかった(不真面目だったせいもあるが)。それが、師の自主講義を一時間受けただけで腑に落ちた。少なくともわかった気になれたのである(経済学だけではない。宗教社会学、政治学、数学、物理学や統計学までと師の領域は及ぶ。経済学はサミュエルソン、宗教社会学は大塚久雄、政治学は丸山真男から習ったそうである)。
 さて、本書はその小室師よりなる憲法の本である。したがって通常の法学の教科書のような憲法解釈の本ではまったくない。一見、サラリーマンのためのわかりやすいノウハウ本といった装丁であるが、そういうものでもない(わかりやすいのはたしかであるが)。憲法が生まれてきた経緯、その拠って立つ宗教的文脈、憲法のもつ社会的意味がふんだんに語られる、内容重厚な本である。
 語り口はゼミナールの雰囲気そのままである。師が設問を出し、生徒(この本では編集者の「シマジくん」なる人物)が答え、その誤りを正す形で議論が進んでゆく。たとえば「日本国憲法は生きているか死んでいるか」との問いかけに「シマジくん」が「廃止されていないから生きている」と答える。すると師が、公式に廃止されていなくても、社会的に機能していない(つまり死んでいる)法もあるということを説明する。結論として、師の認識では日本国憲法は「死んでいる」。
 この結論に異論を唱える読者もいるだろうし、また専門家によっては個々の事例や解釈に異を唱えるかもしれない。しかし読後には憲法や社会の正当性といった問題について、深い理解を得られることは間違いないし、また文句なしにおもしろい。
 総合性とは複数の専門分野の並立ではなく、その有機的連関であるといわれる。本書は著者、小室直樹師がその博識を動員して行った、まさしく総合的な憲法分析の書なのである。

痛快!憲法学

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 323.01∥Ko 69 005901910

曽野綾子 著 『海抜0米』

板東美智子(教育学部助教授)

 初版が一九七一年となっているから、今から三十三年前の古い本である。『海抜0米』は、その題名からは内容が想像できないのだが、主人公は新任教師、峠百合子である。場面は彼女が勤務する私立女子高等学校で、そこを中心として様々な人間や出来事に出会っていく彼女の数年が描かれている。私が最初に読んだのも十五年以上も前だったので、この原稿を書くにあたりもう一度読んでみた。確かに文化的な背景は古いし、今では使えない差別的な言葉も出てくる。おまけに作者は女性だというのに女性蔑視の内容も多い。時代を考えると仕方のないことかもしれない。それでもこの本を「私の薦める一冊の本」に選んだのは次の二つの理由があったからである。
 私が最初にこの本を読んだときは会社員として働いていて学校とは無縁の毎日を送っていた。だから、物語りの中で次から次へと出てくる学校での出来事や、事件・事故は作者が話を面白くするために盛りだくさんに創っているだけだと思っていた。実際の学校でそんなに日常茶飯事に問題が起きるはずがないと。読後はたいした感想も持たず、そのまま本棚にしまっておいた。いろいろあって十年後、高等専門学校(高校と短大を合わせた学年の学生がいる)の教師になった。自分には良い再就職先だったが予想をはるかに超える多忙な毎日でへとへとになってしまった。そんなときふと昔読んだ本の中の教師のことを思い出した。あれ、あの主人公の新米先生と担任の生徒が出会うとんでもない出来事とあまりかわらないんじゃない―授業での成功や失敗、あわただしい試験準備や成績の悩み、保護者面談、生徒が家出して夜遅くまで探したこと、喧嘩と怪我、異性問題、盗難・万引き、保護者の経済的な問題、合宿やクラブ引率の苦労、服装取締り・特に女生徒のおしゃれ取締りと反発、就職・進学の悩み、教師同士で協力したことや様々な諍(いさか)い、恋愛・結婚問題、生徒の自殺、同僚の死まで―私の勤務先は優秀な学生が集まる学校であったが、それでも三年半の勤務の間に生徒の自殺以外は全て出会った。その他に現代に特有のいじめや不登校、セクハラ、バイク事故などもあった。学校というものが本当にこの物語に描かれている通り、人間社会の縮図であることを身にしみて感じた毎日だった。
 二つ目の理由は、甚だ私事で申し訳ないのであるが、この本にまつわる私の思い出である。実はこの本は自分で買ったものではなく、祖母が私にくれた最初で最後の本である。みっちゃん(私)は教師になるだろうから、といって手渡してくれた。当時、民間の会社で働いていて教職のことなど考えてもみなかったから変なことを言うなあと思ってもらった。祖母も亡くなったずっと後、やっぱり教師になった。多分、教師になったらという意味だったのだろうが、今日の私を祖母が予言していたと考える方が楽しいのでそう思うことにしている。

海抜0米

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 913.6∥So 44 005902193

坂本龍一、河邑厚徳 編 『エンデの警鐘「地域通貨の希望と銀行の未来」』

田中英明(経済学部助教授)

 一九九九年に放送され、本にもなったテレビ番組『エンデの遺言』は、『モモ』や『はてしない物語』の作家エンデの晩年のインタビューテープを糸口に、人々を無限の「成長」と地球環境の破壊へと駆り立てる「マネーの暴力」に対抗する様々な思想と、自分たちで新たな「お金」を生み出し、コミュニティの再生や地域の活性化をめざす地域通貨の試みとを紹介し、大きな反響を呼んだ。そして日本の各地で地域通貨を続々と誕生させる呼び水ともなった。
 本書は、その続編として制作された二本の番組に基づいており、前半部分は『遺言』以後の日本と世界の地域通貨の現状の報告である。日本各地の実践からは、地域通貨の草創期を支える人々の熱い思いが伝わってくる。世界の先進例は、『遺言』の時点からの後退や停滞の事例をも含みつつ、地域通貨が問いかける問題の奥深さや根源性を教えてくれる。
 しかし、類書にはない本書の魅力は、スウェーデンなどの無利子銀行、ドイツのエコバンク、アメリカのコミュニティバンクなどを紹介する後半部分にこそある。こうしたオルタナティブな銀行の実践は、地域通貨の事例に劣らぬ驚きを与えてくれる。ここに希望や可能性を感じる者も多いに違いない。
 ところが本書の著者たちは、地域通貨とこうした新たな銀行の試みとの内的なつながりを見つけ出していないようだ。「「お金と銀行」のこれからを問うこと」と題されたエピローグの対談にも、奇妙にも銀行の話はほとんど登場しない。
 おそらく、「利子」と「信用創造」を伴う銀行システムに諸悪の根源を見る『遺言』以来の理解が、地域通貨と銀行のつながりを見えなくしているのであろう。例えばこんな風に考えてみよう。この超低金利の時代に誰が銀行預金に利子による自己増殖を期待しているだろうか。銀行が信用貨幣を創造しなければ高利貸しが跋扈(ばっこ)するだけではないのか。あるいは、地域通貨こそ、コミュニティのメンバー相互の信頼に基づく「信用貨幣」の創造そのものではないのかと。
 本書が示唆する、コミュニティの再生や地域の活性化の核としての銀行という鉱脈は、それを掘り出すという最もスリリングな仕事が読者に委ねられている。そしてそのための手掛かりもまた、本書の随所に散りばめられているのである。

エンデの警鐘「地域通貨の希望と銀行の未来」

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 337∥E 59 004001615
本館開架 教員推薦 337∥E 59 005901911