2009年度 本学教員が推薦する図書・映画等を紹介します。(並びは推薦者名の五十音順)
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タイトル 著者 出版社 出版年 推薦者
韓国人を愛せますか? 朴倧玄 講談社 2008 金 秉基
韓国人は好きですか? 朴倧玄 講談社 2008 金 秉基
韓流「女と男・愛のルール」 朴倧玄 講談社 2009 金 秉基
三国志 1-5 吉川英治 講談社 2008 後藤實男
理性の限界―
不可能性・不確定性・不完全性
高橋昌一郎 講談社 2008 竹中厚雄
兵役拒否の人権化は世界の流れ―
国際人権法・憲法からみる
渡辺久丸 文理閣 2009 武永淳
「婚活」時代 山田昌弘
白河桃子
ディスカヴァー・トゥエンティワン 2008 原村健二
からくり民主主義 高橋秀実 草思社 2002 坂野鉄也
風穴をあける 谷川俊太郎 草思社 2002 堀江 伸

『韓国人を愛せますか?』『韓国人は好きですか?』
『韓流「女と男・愛のルール」』  朴倧玄 著

金 秉基(経済学部経済学科)

 この3冊の本は、著者自身が経験してきた日韓の文化や生活習慣の違いを、留学生時代や社会人としての日本での生活をもとに、主観的な立場からわかりやすく解説したものである。肌の色や顔立ちはさほど変わらないのに、考え方や生活習慣は相当違う。地理的にも最も近いだけでなく、歴史的な関わりも深く、経済的な相互依存度も高い国だからこそ感じるカルチャーショックは大きい。
 日韓関係の本といえばこれまでは、政治的・歴史的な観点から日韓の暗い関係を解説する本、または在日韓国人のマイナーな生活を描いたものなど、朝鮮半島に対する否定的な見方や韓国は被害者で日本は加害者であるという前提で両国の関係が非対称的に書かれた本が多かった。しかし著者は両国を対等な立場と位置づけ、近年の韓流ブームにより増えた韓国に興味を持つ日本人に、両国の文化や生活習慣の違いを素直に受け入れてもらい、映画やドラマ、歌などの大衆文化だけではなく、それらに現れる韓国人の色々な考え方、さらには愛情や友情という「情」を通じて韓国人をもっと深く知り、理解してもらおうというのがこれらの本を執筆した動機である。
 2002年のワールドカップ韓日共催成功はより安定した日韓関係樹立の基盤を固める好機であった。これをきっかけに韓国の映画、ドラマ、音楽など大衆文化が数多く日本に紹介されるようになった。政府レベルの交流が民間レベルでの交流を活発化させるきっかけとなったのである。今後FTA(自由貿易協定)や東アジア共同体構想など経済部門での協力だけではなく、解決しなければならない課題もたくさん残っている。また永遠に解決できない問題も数多く抱えている。一層の関係進展のためには、相手国の文化や生活習慣をもっと深く理解する必要がある。この本のタイトルに対して日本の人々が「韓国人を愛せます」と「韓国人が好きです」と言ってくれる日が早く来ることを望んでやまない。

『東アジアへの視点』2009年6月号(国際東アジア研究センター)のブックレビュー(金秉基)から抜粋したものである。

韓国人を愛せますか?

所在 刊年 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 2008 教員推薦 361.42/P 16 009001811
教育開架 2008   361.42/P 23/1 109001238

韓国人は好きですか?

所在 刊年 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 2008 教員推薦 361.42/P 16 009001812
教育開架 2008   361.42/P 23/2 109001237

韓流「女と男・愛のルール」

所在 刊年 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 2009 教員推薦 361.42/P 16 009001813
教育開架 2009   361.42/P 23 109001414

『三国志』  吉川 英治 著

後藤 實男(経済学部会計情報学科)

 中学の先生の紹介を受けて、吉川英治著「三国志」を読んだ。中学生にはやや難解であったが、受験勉強の合間に少しずつ読み通した。高校から大学にかけて、同著者の「新平家物語」、「私本太平記」などと共に繰り返し読んだ。当時は、小説特に時代小説を読むという経験が乏しかったせいもあったのだろう、時間を見つけては没頭できた。とにかく面白いと思った。
 その後社会人になってからは、子どもには勧めることはあっても、自分で読み返すことはなかった。本棚に並んでいるのが目に止まることはあっても、以前よく読んだことを思い出し、懐かしい気持ちになるだけだった。小説の関心は、司馬遼太郎などに移っていた。
 中年になって、自分の文章の文体が気になり、どのようにして自分の文章感覚が形作られたか、について考えることが何度かあった。その時、「三国志」が思い当たった。この本に限らず、吉川英治の文章は、漢文が基調にある。この文体のリズム感は、中学から高校・大学にかけての、言語感覚成長途上の子どもに対し、強い印象を与えたのではないか。
 成長期特に中学・高校・大学期の読書では、自分の文章感覚に与える影響を考えることも重要ではないかと思う。

《新装版》三国志

所在 刊年 指定図書記号 巻号 請求記号 資料ID
本館開架 2008 教員推薦 1 913.6/Y 89 /1 009901528
本館開架 2008 教員推薦 2 913.6/Y 89 /2 009901529
本館開架 2008 教員推薦 3 913.6/Y 89 /3 009901530
本館開架 2008 教員推薦 4 913.6/Y 89 /4 009901531
本館開架 2008 教員推薦 5 913.6/Y 89 /5 009901532

『理性の限界―不可能性・不確定性・不完全性』  高橋 昌一郎 著

竹中 厚雄(経済学部企業経営学科)

 本書は、理性の限界、すなわち人間はどれだけの事を知ることができるのか、また物事を考えたり判断する力には限界があるのか、といった問題について論じたものである。理性の限界とは随分とまた哲学的な問題を議論するんだなという印象を持たれるかもしれない。また、衒学的な内容を想像する方も中にはいるかもしれない。しかし、後に述べるように、この本は理性の限界を探究するにあたって実にユニークなアプローチを採用しており、入門書として興味関心を喚起させる内容となっている。
 では内容について簡単だが見ておこう。本書は、選択の限界、科学の限界、知識の限界、という3つのパートから構成されている。それぞれ、社会科学の限界、自然科学の限界、論理学や数学などの形式科学の限界と関係している。選択の限界のパートでは、主にアローの不可能性定理を取り上げ、人間の合理的な選択の限界がどのようなところにあるのかについて議論している。科学の限界のパートでは、ハイゼンベルクの不確定性原理を中心として取り上げることで、人間の科学的な認識はどこまで可能かについて検討している。そして知識の限界のパートでは、ゲーデルの不完全性定理を題材としながら、社会科学や自然科学の根底にある論理的思考の限界について論じている。
 このように本書は、本来は抽象度が高くまた難易度も高いテーマを扱っている。しかし、このテーマに関する架空(フィクション)のシンポジウム形式で討論するというユニークなアプローチを採用することで、初学者にも読みやすい内容となっている。シンポジウムには、数理経済学者、会社員、運動選手、国際政治学者、大学生、情報科学者、論理学者、ロマン主義者(そしてもちろん司会者)など実に様々な立場の人間が参加しており、多様な視点から討論し合うことで、人間の理性の限界が浮き彫りにされる。そして、シンポジウムに参加する専門家達の解説によって、比較的平易に上記の問題に触れることができる。是非自分もシンポジウムに参加した気分になって読んでほしい。

理性の限界―不可能性・不確定性・不完全性

所在 刊年 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 2008 教員推薦 116/Ta 33 009003177
教育文庫新書 2008   081/Ko 19/1948 108000218

『兵役拒否の人権化は世界の流れ―国際人権法・憲法からみる』 渡辺 久丸 著

武永 淳(経済学部社会システム学科)

 徴兵制のある国において、「汝殺すなかれ」というような強い宗教的信念や良心に基づいて、兵役につくことを拒否することができるのか?この問題が「良心的兵役拒否」の問題として論じられることは比較的広く知られている。「兵役拒否」は国家への忠誠に反する行為であって、本来犯罪行為として処罰対象にすべきであるが、宗教上の強い信念をもった者には、例外的に兵役を免除し、それに代わる役務を課すということになるわけであるが、どのような場合に、そのような例外とするのかが問題とされてきた。要は、徴兵制を前提としての議論であるので、戦争放棄を規定し、徴兵制の存在する余地のない日本国憲法の下では、特段に議論する実益のないものであろうというのが、憲法学者の多くがこの問題を取り上げることのない理由であったといえよう。
 本書は、そのような考えに2つの点で修正を迫るものである。ひとつは、国際人権規約やヨーロッパ人権条約とその運用に当たっている国連人権委員会等の議論によれば、「兵役拒否」可能性の実質化が国際レベルで進展しているということである。個人が兵役を拒否することを権利として認め、「代役」である民事的役務を兵役より長期間を課すような懲罰的要素は排除させるべきである等の議論が行われおり、それらが国際標準になりつつあると著者は指摘する。
 もう一つは、ドイツ連邦共和国基本法第4条「何人も、その良心に反して、武器をもってする戦争の役務を強制されてはならない。詳細は、連邦法律で、これを定める」との規定の重要性である。この規定は、「信仰、良心の自由」条項の一部であり、人権の核心部分に位置している。「兵役」は、「国民の義務」であり、それを逃れようとする者に対しては、刑罰による威嚇を当然としてきた「国民国家」の「常識」を、ナチスによる不正な戦争の体験から修正したものであったといえよう。ドイツは、戦後「良心的兵役拒否」を前提とする国家として出発したのであり、その後の再軍備とNATO加盟は「良心的兵役拒否」を所与のものとしてなされたということになる。著者は、「兵役拒否」とそれに伴う代役=非軍事的・民事的役務への従事は、特別の宗教的信念をもったマイノリティに対するやむを得ない例外的な措置ではなく、「戦争を拒否する市民の当然の権利=人権」として位置づけられるということを指摘している。
 以上の点から、「兵役拒否」は、「良心の自由」の問題として広くとらえるべきであり、また、そのような理解が国際社会において受け入れられつつあるということが確認できる。「海外派兵立法の堆積」から2009年海賊対処法の成立により「自衛隊は、世界中の公海で無制限に海賊と交戦しかねない」事態にいたっており、「海賊」と直接に対戦し、「殺し殺される」ことが現実化されているわが国の現状に対して、抵抗のよりどころとして、平和的生存権・第9条とともに第19条「思想・良心の自由」、さらに国際人権規約等についての考察が重要性を増しているということである。イラク戦争のような「国際法上違法な戦争」「不正義の戦争」という事態が発生する現実からは、たとえ志願制の軍事組織にあっても「不正・不法」「正義に反する」戦争行為、武力行使を拒否する権利が存在し、その権利を行使する人々に対して適切な処遇がなされる必要があることになる。「平和を、仕事にする。」が、自衛官募集のキャッチ・コピーであるなら、平和につながるといえない「武力行使」を拒否できる自衛官の権利が問題とならざるをえないといえよう。さらに、有事立法の整備に伴い、公務員、マスコミさらには国民全般に対する軍事行動への様々の協力が義務づけられつつあるが、戦争を拒否する人々がそれらを拒絶する権利をもつことも人権の問題として語られる必要がある。
 本書は、「兵役拒否」問題につき、序章において、国際社会の状況を概観した上で、ナチス体験の下NATOに加盟したドイツ、ナチスによる合邦と敗戦の後、永世中立国として独立を回復したオーストリア、武装した永世中立の典型的国家として言及されるスイスと、ドイツ語圏の国家でありながら、事情を異にする各国について、著者の多年の研究蓄積の下に「兵役拒否」の法制とその実態の変遷についての詳細な紹介・分析が行われており、そこで言及されている各国の抱える事情と対応の相違は極めて興味深いものである。同時に本書は、平和憲法の下にありながら、自衛隊という武力組織をもち、日米安保という軍事同盟の中にある日本の現状を考える上で多角的な視点を与えてくれものであり、平和を希求する国民に多くの示唆を与えてくれるものである。

兵役拒否の人権化は世界の流れ―国際人権法・憲法からみる

所在 刊年 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架   教員推薦 393.25/W 46 010000232

『「婚活」時代』  山田 昌弘/白河 桃子 著

原村 健二(経済学部ファイナンス学科)

 本書は、「格差社会」などの研究で著名な家族社会学者の山田昌弘氏とジャーナリストの白河桃子氏の共著であり、2008年度の流行語大賞の候補となった「婚活」(「結婚活動」の略)という言葉を世間に浸透させた本である。
 本書では人生の2大イベントである「就職」と「結婚」を比較し、結婚年齢がばらついているなかでの「晩婚化」や結婚したくてもできない「非婚化」が進んでいる要因として、ともに、1980年代の規制緩和が原因であったと分析している。また、この結果、これまでの自動的に結婚できるシステムは崩壊し、1990年代以降は、社会経済環境の変化や経済格差の進展もあって、男女間の「出会い格差」はさらに拡大し、現在は「婚活」をしないと結婚できない時代となっていると結論づけている。また、本書の後半では、最近の結婚情報サービスの現状の紹介と成功する「婚活」のアドバイスを行っている。
 さらに、本書では、コミュニケーション力や経済力が男性の「魅力格差」となっており、その結果として男性が結婚に消極的になっているという状況を踏まえ、「女性よ狩りに出でよ、男性よ自分を磨け」とのメッセージを発しているが、男女ともに自分を磨く努力が求められている点は興味深い点である。また、世の中には、学校による就活支援や少子化対策としての子育て支援はあるが、「婚活」をサポートするものはほとんど存在しないとの著者の疑問は共感できる。私自身も、「子供手当」ではなく、「婚活手当」があってもよいのではないか、とさえ思っているくらいである。
 本書の論理には多少強引なところもあるので、すべてを真に受ける必要はないが、現在は結婚というものが難しい時代となっていること、「就活」の先には「婚活」という大きなイベントが控えているという認識を持つことは、これからの人生を生きていく上では有意義であると考えており、この点、本書は読みやすく内容も面白いので、興味のある方は一読されたい。
 最近でこそ「婚活」という言葉は市民権を得た感があるが、(「就活」には成功したものの)「婚活」に無知であるがために結婚をしていない人は、まだまだ私のまわりにも多いような気がする。より多くの人が、「婚活」を意識して異性との出会いを貪欲に求めることにより、最良のパートナーとめぐりあってほしいというのが、「婚活」経験者であり「婚活」成功者(?)である私からの願いである。

「婚活」時代

所在 刊年 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 2008 教員推薦 367.4/Y 19 087167697
本館開架 2008   367.4/Y 19 008001659
本館開架 2008   367.4/Y 19 008900480

『からくり民主主義』  高橋 秀実 著

坂野 鉄也(経済学部社会システム学科)

 本書は、フリージャーナリスト高橋秀実(たかはし ひでみね)の著作の一つです。タイトルは「からくり・民主主義」ではなく、「からくり民主-主義」だそうです。実はこの本、読んでいる過程ではよくわからないのだけれども、村上春樹のあとがきを読むとよくわかります。かといって、あとがきから読むことはお薦めできませんけれども。
 著者は、ジャーナリストとはいってもある事件に関して、それが起きたその瞬間に伝えるというタイプではない。ある事件が起きた時にそれに関るあらゆる記事、書物を読みつくす。その上で、取材する。もちろん、取材の現場では書物等でえられた情報は役に立たない。だから、事件はよくわからない。例えば、原発問題。原発が建設されようとしている町には、もちろん推進派と反対派はいる。どっちにもそれぞれ言い分があって、それらを聞くとどのように報じたらいいのかわからなくなる。なかでも不思議なのは、推進派にとって反対派は実は必要な存在だということ。それは、反対派が原発を危険だということによって、補償料が跳ね上がるから。これは、基地問題でも同じ。反対派がいるから軍用地の借地料は跳ね上がる。さらに、基地問題の場合、もし基地が返還されでもするならば、住民はたちまち困ってしまう。借地料がなくなることは、収入が途絶えることになる。それだけでなく、返還された土地は容易には農地や宅地にはならない。例えば、演習場。たくさんの不発弾が埋まっているこの土地は、それを除去するだけでも莫大な費用がかかってしまう。だから住民は、賛成なんだけど反対、あるいは反対なんだけど賛成。まさに「民主」には「からくり」があるのです。
 しかし、同じことを当事者以外の人間が解釈するとき、あるいは報道する時には賛成と反対とに分けた方が物事はとっても理解しやすくなります。ましてや、基地、原発の問題は反対する方に分がある。だから、多くのジャーナリズムは反対してます、という姿勢の中で報道する。でも、それは誰のためなのか、何のためなのか?現実をよくよく観察してみると、ある出来事は容易には理解できない。でも、わからないのも悪くないのではないか。わからないというのは、ある出来事をよくよく観察し、じっくり考えているからなのではないか。それが本書のメッセージだ、と思う。

からくり民主主義

所在 刊年 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 2002 教員推薦 304/Ta 33 009001506
本館開架 2002   304/Ta 33 002001442
教育開架 2002   304/Ta 33 109001413

『風穴をあける』  谷川 俊太郎 著

堀江 伸(教育学部学校臨床コース)

 学生たちと「詩」をめぐって話し合っていると、国語の詩の授業は嫌いというのがかなり多い。「ああ、おんなじなのか」と安心もし、だけどとも思う。やはり心にひそませておきたい「詩」のいくつか持ちたいし、言葉のプロとしてあこがれる詩人の数人はいてほしい。谷川俊太郎は、僕にとってそういう詩人の一人だ。
 谷川の詩集は、とても多い。その中でも『魂のいちばんおいしいところ』という詩集が気に入っているのだが、今回薦めるのは、その詩集ではなく、この十年ほどの間に出版されているエッセイ集のうちの一冊、『風穴をあける』である。各ページに詩的な響きがあり、エッセイの最高峰ともいえる。
 言葉のプロとして、やはり日本語の多様性と混迷をとりあげている。ひらがなばかりの詩を創っていた時期があるのだが、そのいきさつや想いが述べられている。言葉を「漢語系」から「やまとことば系」に開いて、からだで実感しうる言葉を共有しようというのだった。その教養は、実に広く深い。外の文明・文化の摂取に日本人がいのちをかけてきた、その功罪をえらびわけながら、言葉の氾濫を否定するのではなく、「それを生きるしかないのでは」と問いかけている。
 子どもや学校についてのエッセイもある。子どもにとっての言葉を深く考え、日本語の教育まで踏み込んだ詩人は数少ない。谷川俊太郎は、そうした子どもの言葉の世界へ関心を持ち続けてきている第一人者といえる。「教室を批評すること」という一文で、教室の言葉を考える意義と難しさをかたっている。教室の中で語り合う言語が不自然であるということ、子どもたちをマスとして扱いすぎていることとその背景、教材の小宇宙がもつ内なる文脈をどのように外の文脈と繋げるかが大切な課題だ、などなど。深い問いが布置されている。
 「詩」は、私たちの心の深みに、日々の生活のいたるところにひそんでいる。「私たちの意識に風穴をあけてくれるものだ」とかたる。明るいトーンなのに、私たちを遠くまでいざなう言葉と問いが、このテキストには渦巻いている。

風穴をあける

所在 刊年 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 2002 教員推薦 914.6/Ta 88 009002818
本館開架 2002   914.6/Ta 88 002000144
教育開架 2002   914.6/Ta 88 109001487