2006年度に本学教員が推薦した図書・映画等を紹介します。(並びは推薦者名の五十音順)
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タイトル 著者 出版社 出版年 推薦者
マーフィーの100の成功法則 大島 淳一 三笠書房 2001 岩崎 惠一
近世風俗志(守貞謾稿) 1-5 喜田川 守貞
(校訂)宇佐美 英機
岩波書店 1996-
2002
宇佐美 英機
言志四録 1-4 佐藤 一斎
(全訳注)川上 正光
講談社 1978-
1981
川崎 昊
トラフィック(DVD) (監督)スティーブン・ソダーバーグ 日本ヘラルド映画 2000 菊地 利奈
たった一度の人生だから 日野原重明/星野富弘 いのちのことば社 2006 酒居 叡二
議論のウソ 小笠原 喜康 講談社 2005 篠田 朝也
法隆寺を支えた木 西岡 常一/小原 ニ郎 日本放送出版協会 1996 添田 八郎
不平等社会日本―さよなら総中流 佐藤 俊樹 中央公論新社 2000 高橋 勅徳
民藝四十年 柳 宗悦 岩波書店 1984 筒井 正夫
秀吉の枷(上・下) 加藤 廣 日本経済新聞社 2006 戸田 俊彦
役に立つ一次式 今野 浩 日本評論社 2005 内藤 雄志
常世の舟を漕ぎて (語り)緒方正人
(構成)辻信一
世織書房 1996 中野 桂
壊れる男たち
―セクハラはなぜ繰り返されるのか
金子 雅臣 岩波書店 2006 能登 真規子
風のように 森 瑤子 角川書店 1987 弘中 史子
あの戦争は何だったのか
―大人のための歴史教科書
保阪 正康 新潮社 2005 北條 純人

『マーフィー100の成功法則』  大島 淳一 著

岩崎 惠一(経済学部教員)

 最近、手帳を使って夢を実現しているという趣旨の本をよく見かける。たとえば、熊谷正寿「一冊の手帳で夢は必ずかなう」(かんき出版2004年)、土谷公三監修「創る 使う 変わる3KM手帳革命」(出版文化社2004年)、渡邉美樹「夢に日付を!~夢実現の手帳」(あさ出版2005年)、中島孝志「手帳フル活用術」(三笠書房2005年)などである。共通するのは、経済界などの成功者が、自らのアイデアに基づき編み出した手帳の記載方法を具体的に披露しながら、手帳の利用・活用を通じて夢を実現してきた経験・経過を記載していることにある。抱いた夢を臆することなく具体的に書き上げ、そこにスケジュールを入れ込み、そして、これらを記載した手帳を常に手許に置いて、毎日といわず暇があれば確認し、修正している継続性にすごさがある。抽象的な理論ではなく、現実の体験に裏付けられたところに価値を見出すことができよう。
 ところで、そこで思い出すのが、潜在意識の重要性を指摘するマーフィーの法則である。マーフィーは四半世紀前に亡くなっているが、彼に関する本は書棚に並んでいない書店がないといえるほど多数ある。ここでは、廉価な文庫本で入手しやすい大島淳一「マーフィー100の成功法則」(三笠書房2001年)を紹介したい。大島淳一は、実は評論や歴史に関する優れた著書の多い英文学者の渡辺昇一上智大学名誉教授であるが、本書では、潜在意識が夢や願いを実現させるというマーフィーの法則を自らの体験も加えながら、角度を変え、100のテーマを挙げて具体的に紹介をしている。最近書店のベストテンに入っている伊藤 真「夢をかなえる勉強法」(サンマーク出版2006年)は、司法試験の受験指導で実績を挙げている著者によるものではあるが、授業の初日に合格体験記を塾生に書かせているとのことであるが、この法則を利用しているように思われる。
 「マーフィー100の成功法則」をそれこそ何度も読み返して、潜在意識の働きを理解したうえで、夢を潜在意識に送り込み、そして、夢を自分の潜在意識に定着させ補強する重要な手段として、冒頭の手帳を活用してみることはどうであろうか。夢の実現に向けてマーフィーの法則が役立つかどうか、本物かどうか実証してみようと意気込む諸君はいないだろうか。もっとも、自分の夢が何なのかを明確にすることが、その前提となるが・・・。

マーフィー100の成功法則

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 159||O 77 006001613

参考

創る使う変わる3KM手帳革命!

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 159||Ts 32 006001614

渡邉美樹の夢に日付を!―夢実現の手帳術

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 159||W 46 006001615

手帳フル活用術

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 002.7||N 34 006001616

夢をかなえる勉強法

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 379.7||I 91 006001617

一冊の手帳で夢は必ずかなう ―なりたい自分になるシンプルな方法

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 159||Ku 33 006001618

『近世風俗志(守貞謾稿)』1-5  喜田川 守貞 著/宇佐美 英機 校訂

宇佐美 英機(経済学部教員)

 自分が校訂した書物であり、しかも、全五冊を「この一冊」として推薦するのは、いささか気が引けるのだが、私はこの文庫を推薦したい。
 この書物は、日本で最もよく知られている近世風俗史の文献である。巷間で江戸時代の風俗が語られる時、その典拠として明治時代以来よく利用されてきた。これまでにも何回か翻刻本や復刻本、あるいは影印本が出版されているが、私の見るところかなりの誤読があり、また、句読点や送りがな、振りがなも不十分なため、一般の人々には少々難し過ぎるきらいがあった。そこで、文庫化するにあたっては、これらの問題の解消に努め、高校生程度の古文読解能力があれば理解できるように改めている。
 もっとも、文庫化にあたっては、原稿作成から全巻刊行まで十年以上の年月を要し、第三冊目からは老眼のために、振りがなの文字が「か・さ・め・ろ」なのか「が・き・ぬ・る」なのか判別できず、校正のつど天眼鏡が必要となったという、私にとってはいわくつきの書物でもある。
 また、最も驚かされたのは、書物中に引用している書籍・絵画が六百余に登るということであった。その知的好奇心と考証に対する姿勢に圧倒されてしまった。できるだけ客観的な叙述を心がけたのだと畏敬の念を抱いたものである。
 確かに、この本は一口で言うならば服装や髪型・小間物といった風俗について多くの紙数を割いているのだが、私はむしろ著者の真骨頂は、経済的な知識の豊富さと、時代を見る目の確かさにあったと考えている。このような経済的側面を語る時の筆の運びは、他の箇所に比べて、心なしか楽しそうに思えるのである。貨幣に関する叙述(巻八・第一冊所収)は、専門研究者にも引用されている程である。
 ともあれ、さまざまな分野に叙述を及ぼしているので、第五冊にある索引を元にして興味がある所から読み始めれば退屈はしないし、「なるほど」と思うことも多い。しかも、「伊吹艾」や「八幡蚊帳」など、近江商人の商売や近江国内の名産・名物についての記述もあって、その楽しさは尽きない。

近世風俗志(守貞謾稿) 1-5

巻号 所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
1 本館開架 教員推薦 382.1||Ki 63||1 096001612
1 本館文庫新書   382.1||Ki 63||1 096002641
1 教育文庫新書   081||I 1||267-1 196000503
2 本館開架 教員推薦 382.1||Ki 63||2 098000498
2 教育文庫新書   081||I 1||267-2 197000909
3 本館開架 教員推薦 382.1||Ki 63||3 099003377
3 教育文庫新書   081||I 1||267-3 199000921
4 本館文庫新書   382.1||Ki 63||4 001001734
4 本館開架 教員推薦 382.1||Ki 63||4 001003217
4 教育文庫新書   081||I 1||267-4 101001014
5 本館開架 教員推薦 382.1||Ki 63||5 002007593
5 本館文庫新書   382.1||Ki 63||5 002007740
5 教育文庫新書   081||I 1||267-5 102002801

『言志四録』 1-4  佐藤 一斎 著/川上 正光 全訳注

就職支援室長 川崎 昊(特任教員)

 私の推薦する一冊とは世に名著と言われるものが沢山ありますが中でも一番に挙げるとすれば何といっても江戸時代の儒者佐藤一斎の「言志四録」を挙げざるを得ません。
 私は30年余り前に大阪の古書店で初めて「言志四録」に出会いました。その本は飯田伝一講述「言志四録詳解」(昭和15年 東京開成館刊)でした。この本は通釈も良く出来ており語釈も非常に詳しいもので注釈書の中でも白眉であると言われております。しかし残念ながら現在では絶版になっていて手に入れることは出来ません。現在出版されている「言志四録」の全訳書は川上正光全訳注「言志四録」(1-4)(講談社学術文庫)です。この本は言志四録の解釈と評(付記)を教訓や逸話をあげて分かりやすく説いておられるので読みやすいと思います。
 言志四録は江戸時代の儒学者佐藤一斎が後半生の40年の生涯をかけて政治、経済、社会体制の構造的問題を心のあり方・持ち方という心理的なタッチで把握しようとして書いた随想録です。先ず42才の時に「言志録」246条を著し、57才から10年間に書かれた「言志後録」255条、67才から78才までの12年間に記された「言志晩録」292条、そして80才にして起稿した「言志耋録」346条の四書を総称して「言志四録」と呼んでいます。この言志四録は全条壱阡百三十三条から成っており、どの条を読んでも金科玉条で示唆に富んだ文章ばかりです。明治維新の英傑である西郷南洲がこの言志四録を愛誦し、その中から会心の百一条を抄録して座右の銘とし、心の糧としていたことは有名です。
 言志四録の中で特に印象的なものを二条挙げますと次の通りです。

(1)『ショウにしてマナべば、スナワソウにしてすことあり。ソウにしてマナべば、スナワいてオトロえず。いてマナべば、スナワしてちず。』

<訳>青少年時代に志を立てて学問をすれば壮年の頃になって、それが役立ち必ず何事かを為すことが出来る。壮年になってもよく学ぶものは年をとっても勢力、気力の衰えはない。-精神の糧は学問であるから-老いてもなおかつ学ぶものは見識も高くなり、世に貢献することができ、不朽の名を後世に残せるので、死んでもその名が朽ちることがない。
 人間の学は一生のものであることを言ったものです。

(2)『フン一字イチジ進学シンガク機関キカンなり、「シュン何人ナニビトぞ、ワレ何人ナニビトぞや」とは、マサコレフンなり。』

<訳>憤というのは「何糞ナニクソっ」と奮い立つ心、発憤心、やる気を起こすことである。これが学問を進歩させる最も必要な原動力となる。

 孔子の高弟顔淵は「聖人といわれる舜だって人間である。自分も同じ人間ではないのか。やって出来ないことはないだろう」といって勉励したという。これを「憤」というのである。ただこの憤を発することの強弱に依って功の大小は生ずるので自ら大いに発憤して「古人が成し得たことは自分とても為し遂げられぬ筈がない」と大志をいだいて事に当たらねばなりません。学生、青年の若き世代の人々は特に「彼も人なり、我も人なり、大臣、高官、博士、社長、何んぞ種あらんという意気をもって、大いに発憤して頂きたい。この「発憤」こそが学問、社会、経済の進歩の源泉であり、人生の成功への秘訣であり、偉人、英雄の道を歩む第一歩となるのです。
 私はこの言志四録をくり返し、くり返し愛読しましたので、文字通り韋編三絶の書となってしまいました。しかし永い人生に於て、仕事で悩んだ時、人生に疲れた時等読むと、大きな勇気と元気を与えてくれました。この本は私の生涯の心の支えとなっております。「言志四録」は現在の心の時代に最も必要な心の書であり、日本の知的財産とも言える思想書であります。今後沢山の若い人が読んで、後生に読み継がれ、代表的な日本人の生き方、心の持ち方が伝承されることを切に望むものであります。

言志録(言志四録1)

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 121.55||Sa 85||1 006001728

言志後録(言志四録2)

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 121.55||Sa 85||2 006001729

言志晩録(言志四録3)

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 121.55||Sa 85||3 006001730

言志耋録(言志四録4)

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 121.55||Sa 85||4 006001731

『トラフィック』  スティーブン・ソダーバーグ 監督

菊地 利奈(経済学部教員)

 タイトルが示す通り、この映画は、アメリカとメキシコの国境をはさんだ二つの街、La Jolla(ラホーヤ・カリフォルニア南部)とTijuana(ティファナ・メキシコ)を舞台に繰り広げられる麻薬不正取引を、多面的な視点で描いたものです。ラホーヤとティファナは車で30分しか離れていませんが、ラホーヤはハリウッド俳優や芸術家の別荘地として名高い「超高級エリア」。そこから、国境を一歩またぎ、ティファナに踏み込むと、観光客相手に物乞いをする子供たちがあふれます。私が初めてティファナに踏み込んだのは、16歳のとき。腕や足のない子供たちを「見世物」にして物乞いをする母親とおぼしき大人の姿に、愕然としたのを覚えています。
 映画の中のアメリカのシーンとメキシコのシーンとの違いに、みなさんも驚くのではないでしょうか。あまりにも大きな貧富の差。それはときに、人間の善悪の判断をも狂わせる魔力を持っているようです。特にゼタ・ジョーンズ演じる妻の「変容」は圧巻です。麻薬取引で儲けた金でラホーヤでの豪華生活が成り立っていた、という事実を知らなかった彼女が、贅沢三昧生活をとりあげられそうになったときにでる「勇敢な行動」。「幸福な家庭生活」と一人息子を守るためにはなんでもできると決断する「母なる女性像」として、この妊娠中の女性は描かれていますが、彼女がとる行動が「子供用のおもちゃの中に麻薬をしのばせ、国境を越える新テクニック取引の開始」であるといえば、この映画全体にしみわたるアイロニーがおわかりいただけるでしょうか。
 いったい何が「正しい」のかわからなくなるような、辛辣なアイロニーの効いたドキュメンタリータッチの映画であり、娯楽映画ではありませんが、麻薬取引にかかわる人々、それを取り締まろうと奮闘する人々、麻薬売人と麻薬買人、彼らを取り巻く大きな闇の中で命を奪われ消されてゆく人々など、複雑に絡み合う人間模様が生み出す物語に惹きこまれてゆくことでしょう。登場人物たちはみな、「麻薬」という問題にかかわりあいながら、大切なものを失ってゆきます。しかし、その失意のなかで、自らの判断で「最善(と思われるもの)」を選択し、立ち上がり、生き続けてゆくのです。
 麻薬取引の現状やアメリカの社会問題を知る上でも興味深い映画ですが、人間の本質が暴かれているようでもあり、鑑賞後、人間と社会の関係について思わず考えこんでしまうのではないでしょうか。ちなみに、英語の”Traffic”という単語には「不正取引」という意味があります。知らなかった人はついでに英和辞典も「よく読んで」みてください。

トラフィック

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館視聴覚 教員推薦     087165731

『たった一度の人生だから』  日野原 重明/星野 富弘 著

酒居 叡二(経済学部教員)

 この本は長女からのプレゼントとして私に与えられたものです。日野原氏はたくさんの本を書いておられる方ですし、何より昨年度の文化勲章受章者として、多くの方がテレビ画像を通し知っておられるかなと思います。もう一方の星野氏は知る人ぞ知る首下麻痺の水彩画家です。でも知らない方が多いかもしれません。片や95才にして今なお現役の医師であり、片や自力ではほとんど何もできない障害者画家です。この2人が人生で大切なものは何かについて交わしている対談集、これがこの本の正体です。写真も多く取り入れられていますし、ユーモアが一杯ですから気楽に一時間位で読めて、なおかつ、大切なことは何か考えさせてくれる本です。何より、首下完全麻痺という極めて重度の身体障害の中にあって、星野氏は何故こうも明るい顔をしているのか、教えてもらいたくなる本だと思います。2006年10月の出版。\1,200、今からでも十分入手可能です。

たった一度の人生だから

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 914.6||Ta 95 006001721

『議論のウソ』  小笠原 喜康 著

篠田 朝也(経済学部教員)

 入門セミナーなどで学生と議論をしていて、少し突っ込んだことを尋ねると、「そう新聞に書いてありました」、「教科書に…」、「ホームページに…」などといった回答しか返ってこないことがあります。少なくない学生が、巷にあふれている情報を鵜呑みにして、さして自分では検討することもなく分かった気になっている(あるいは、思考停止している)のだなと残念に思うことがあります。なにやら説教じみてしまいましたが、大学の教員として、皆さんには、氾濫している情報を安易に鵜呑みにしないで、その真偽の疑わしさについて、立ち止まって考えてもらいたいと感じています。そこで今回は、情報の真偽の疑わしさについて思考するということがどういったことなのかを検討するのに、学生の皆さんにも参考になりそうな一冊を推薦図書として挙げさせてもらうことにしました。
 小笠原喜康著『議論のウソ』は、巷にあふれる一般的には当たり前と受け取られている言説について、「本当のところはどうなんだろう」とじっくり考えてみる必要性を訴えている新書本です。本書では、「ウソ」が形成されうる様態のなかでも、統計、権威、時間の経過、ムード先行の4つをとりあげて、それぞれの様態について詳しく議論を進めています。議論の題材として、少年非行の増加と凶悪化、ゲーム脳の問題、携帯電話の心臓ペースメーカーへの悪影響、ゆとり教育の弊害といった、現在話題となっている社会問題をとりあげ、これらの問題が、本当に正しいといえるのかどうかについてじっくりと考えてみようというわけです。著者も指摘していますが、本書を通じて、実際にウソを見抜くことは簡単でないということや、そもそもウソかホントかなどと簡単にはいえないことがとても多いということに気づいてもらえると嬉しく思います。また、これと併せて、多角的に思考する方法についてとりあげた良書、苅谷剛彦著『知的複眼思考法』(講談社)も一読してみてください。
 以上を踏まえたうえで、さらに、皆さんに考えてもらいたいことがあります。それは、それでもおかしなことが常識や慣習となってしまい、そのまままかり通ってしまっているという、動かぬ「現実」があるということです。これらの「現実」を認識・考察するのみではなく、それとどのように付き合っていくべきなのかということにまで考えをめぐらせて欲しいと思います。

議論のウソ

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 002.7||O 22 006000059
本館開架 教員推薦 002.7||O 22 006000060
教育文庫新書 081||Ko 19||1806 105000512

『法隆寺を支えた木』  西岡 常一/小原 ニ郎 著

添田 八郎(経済学部教員)

 斑鳩の里は好きな場所の一つである。何故だろうかと考えてみた。木の香りがするのである。その木の香りがどこから発するのかと首を傾げてみると法隆寺に突き当たる。法隆寺は、同じく世界遺産に指定された日光東照宮とよく比較されるが、東照宮が美しく着飾った舞妓さんの美であるとすれば、法隆寺は裸の力士像に例えられ、東照宮が整然の美であるとすれば、法隆寺は不揃えの美であるという。両者を分ける最大の要因は建築された時代間の道具の発達ともいわれるが、それが建築に関わる本質的な部分の変化をもたらしたことを忘れてはなるまい。道具の発達による製材は芯による墨付けから面による墨付けへの変化をもたらしたが、このことは面のない曲がった材料を建築から廃除し、材料が持つ本来的な個性を殺すことにもつながる。
 法隆寺がいつ建築されたものか、確たることは分かっていないという。ただし、少なくとも八世紀の始め(和銅年間)には完成していたらしい。それにしても、1300年近くが経過している。今、新築住宅が建築後10年にして手を入れなければならないことを考えるとき、1300年という時間は途方もなく長い。しかも、その姿は凛としているのである。その秘密はどこにあるのであろうか。その一端は金堂の柱をみることによって理解することができるという。直系60センチもの柱、しかしこの柱には芯がない。一本の木を四つ割にしたものであることによる。しかも、その四つ割にされた材は南向きの部分、北向きの部分と、それぞれがそれぞれの個性を持っており、それぞれの個性に応じて柱、軸部材、造作材と使い分けられ、その個性がとことん活かされている。そのことは、「塔組みは、木組み 木組みは、木のくせ組み 木のくせ組みは、人組み 人組みは、人の心組み」という宮大工の口伝のなかに示されている。規格化・マニュアル化全盛の時代にあって、個性を活かすことの重要性が訴えられているが、個性を活かすということの何と奥の深いことか。木材と徹底的に対話し、その特性を全部裸にし、その上でその特性を最大限に発揮させるべく木と人の心とを組み合わせることができたからこそ、1300年を経て、なお凛とした姿を保っているといえよう。
 「二千年の檜は伐採されてなお建物の木として二千年を生きる」という法隆寺の秘密をのぞいてみたくはありませんか。いま、ダ・ヴィンチ・コードが話題を集めているが、法隆寺最後の棟梁といわれた西川常一氏が、法隆寺の持つ多くの秘密を解き明かしてくれます。

法隆寺を支えた木

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 521.049||H 89 006000417
本館開架   521.049||H 89 094004253
教育開架   521.81||N 86 187024684

『不平等社会日本―さよなら総中流』  佐藤 俊樹 著

高橋 勅徳(経済学部教員)

 一部上場企業であったり、国家公務員であったり、良い職を得ようとすれば一流大学に入学し、卒業するのが一番の近道だ。でも、一流大学に入るためにはそれなりにお金がかかる。今、東大に通っている人の実家の平均年収が一千万円を超えているのをご存じだろうか。潤沢に教育機会に投資しうる親を持つ子供が、一流大学に入ることができ、給料の高い良い職を得ることが出来る。大学から一流企業へ、一流企業から得た収入を元手に子供を大学へ……というサイクルを繰り返す中で、日本に「大卒ホワイトカラー」という社会階級が形成されたことを、詳細な統計的調査に基づいて描き出したのが本書である。
 いわゆる「勝ち組/.負け組」や「ニート」といった社会問題の根っこにあるのは、佐藤が綿密な調査を通じて描き出した教育機関を通じた階級の生成と再生産のメカニズムにある。教育機会の均等や社会的平等を重要視する人たちにとって、本書を通じて描き出される教育システムの結末は、甘受し得ない代物だろう。
 他方で見方を変えると、我が国の教育システムは地方都市の子弟を都市圏の大企業のホワイトカラーに送り込む機能を果たしていた。戦後、我が国の基幹産業が第一次産業から第二次・三次産業にシフトしていくなかで、彼らのような地方出身の大卒ホワイトカラーが大量に必要とされていたのだ。今、一流企業や省庁で働く学歴エリート達の大多数は、成功を夢見て都市に出てきた田舎者の子弟達である。大学進学を通じた田舎者による立身出世の物語は戦後日本の高度経済成長を支えたエンジンであり、今もなお「勝ち組/負け組」の物語へと変換され、「お受験」や「社会人大学院」という新たな教育機会を生んでいる。
 この立身出世の物語を異常と断じ、今の教育システムを否定するのは極めて軽薄だ。戦前と比して教育に掛かるコストは大幅に低下している。戦前より沢山の人々が、受験戦争と立身出世の物語に、身銭を切って投資する可能性が開かれているのだ。それは、負け組の親が、子供の世代では成功を掴めるという希望である。その意味で階級と不平等を生む現在の教育システムは、人々を上昇志向に駆り立てるシステムという一面を持っているのである。本書の最終章で、佐藤は自身の父に思いを馳せる。平凡なサラリーマンでしかなかった父が、何を信じて教育に投資し、自分自身を大学に進学させたのだろうかと。佐藤俊樹自身も、世代を跨ぐ立身出世の物語のなれの果てなのである。この章に至るまでの切れ味鋭い分析と豊富な教養に裏打ちされた文章とは異なる、独白に似たウェットな心情の吐露に、学生諸君は何を感じるだろうか。是非一読の上、聞かせて欲しい。

不平等社会日本―さよなら総中流

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 081||C 64||F-23 006000061
本館文庫新書 081||C 64||F-23 000000762
教育文庫新書 081||C 64||1537 101002971

『民藝四十年』  柳 宗悦 著

筒井 正夫 (経済学部教員)

 柳宗悦(1889-1961)は、経済が発展する中で日常生活を真に美しく心豊に送るにはどうしたらよいかを考え、かつて誰も見出しえなかった無名の職人たちによる手仕事の日常雑器の中に、たぐい稀なる美を発見し、そうした民衆的な工藝を「民藝」と名づけ、その再評価、発掘、育成に終生をかけて取組んだ人である。この本は、民藝運動を中心とした40年余にわたる柳の活動にかかわる論稿をまとめたものである。ここには、現代の我々が直面している様々な病弊を切り開くための大きな鍵がいくつも含まれている。
 柳は、日本各地の民衆的工藝の発掘を通して、そうした真に民族的な文化に誇りを持つことを訴えるが、それは決して他国や他民族を排するナショナリズムではない。柳は、後進地帯とされる東北や北海道、沖縄、あるいは植民地であった朝鮮等の民藝を高く評価することを通じて、そうした各地域、各国文化の相互尊敬の思想に到達する。欧米礼賛主義を本質としたグローバリズムでもなく、また排他的な日本主義でもない、日本の各地域の固有の文化に根を下ろした開かれたナショナリズムの可能性を柳は示している。
 今ひとつ柳は、モノと心の問題を民藝の評価をとおして問い続けている。経済成長が続けば、人の心も豊かになるという楽観的な唯物主義でもなく、モノが無くても心の持ちようでどうにでもなるという唯心論でもなく、心が豊かになるためのモノとは何か、その時のモノと心の関係について突き詰めて考え、それが手仕事に基づく前近代社会から機械制生産を主軸とした近代社会に移行するにつれ、どのように変化するのかを考察した人であった。そうしたなかで柳が重視したものこそ「他力道」の思想であった。
 本書は、こうした柳の主要な思想と活動の軌跡を一つ一つ示してくれる、好著である。

民藝四十年

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 704||Y 52 006002104
本館文庫新書   704||Y 52 087047041
教育文庫新書   081||I 1||169-1 187004414

『秀吉の枷(上・下)』  加藤 廣 著

戸田 俊彦(経済学部教員)

 御帝を中心にした民百姓のつつがなき世を作るとの本心で固く結ばれた秀吉と軍師竹中半兵衛。その半兵衛がいまわの際に残した天下人実現への秘策、信長を早急に捨てるか踏み台として利用せよ、諜報網を敵だけでなく味方にも広げよ、を忠実に実行して天下人になった秀吉。そこにかの死せる諸葛、生ける仲達を走らすとの三国志演義の話が思いだされ、一気に壮大な歴史ミステリーに引きずり込まれる。
 さらに、不透明な出自、醜悪な容貌、貧弱な体躯に対する家中の軽蔑に対する復讐心、シェークスピアのマクベスばりに主殺しにさいなまれ、後継者を得ない焦りにより道を違えていく秀吉の運命の暗転、など人間の業の深淵を描き出し、息を継がせない。これも本書の見所であろう。
 そして、今川義元は和睦会談中に忍犬に食いちぎられた、明智光秀は信長殺しの未遂犯で秀吉が本能寺の変の陰の主役、光秀の行動は良識と勇気ある信長の家臣なら行わなければならない人臣の道、豊臣家滅亡後に北政所が家康へ走った顛末、などなど、これまでの歴史や三武将に関して言い古された常識を覆す著者の推理、見方が資料の読み込みによって光り、改めて興味・関心を引き出されることは必定であろう。
 半兵衛との出会い、明智討ち、秀吉による信長の遺体工作、天下人秀吉の悪夢、死しても、秀吉菩提寺、ねねの弔いなど全編を通じ阿弥陀寺・清玉が舞台回しのごとく登場し、展開される著者の筆運びの巧みさには舌を巻く。ただ黒田官兵衛の記述に期待感を持たせながらそれに触れていないなどやや違和感、不満感を持ったのも事実である。皆さんはどのように読まれるであろうか。
 この本は現代社会で企業エゴと傲岸な上司に絶望することの多い我々の物語でもある。きむづかしい上司に仕えるための手練手管を学ぶもよい。部下を意のごとく動かすリーダーシップの神髄を学ぶもよい。著者の加藤廣氏は中小企業金融公庫京都支店長、調査部長を歴任するなどサラリーマン生活が長く、そのあたりの配慮も行き届いている。
 私自身、尾張中村に少年時代を過ごし、日吉小学校、豊国中学校と太閤ゆかりの名を冠した学校に通い、様々な遺跡を見て育っている。秀吉一代の因果連鎖の絶妙さをも見事に活写した本書の推薦文を書くに至ったのも、何かの因果であろう。

秀吉の枷(上・下)

巻号 所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 913.6||Ka 86 006000307
本館開架 教員推薦 913.6||Ka 86 006000672

『役に立つ一次式』  今野 浩 著

内藤 雄志(経済学部教員)

 数学は難しいけれど、現実の問題解決に役に立っているのだろうか。著者の今野浩先生は、オペレーションズリサーチと呼ばれる分野でおよそ40年に渡って活躍してきた理工系の研究者であるが、最初の章「数学嫌いになる理由(ワケ)」において、理工系の大学でも数学がどちらかといえば嫌いだと感じる学生が多いことを述べている。そして、数学が嫌いになる理由の一つとして、中学、高校、大学低学年の時代に「数学が世の中にいかに役に立っているか」を知る機会が少ないことをあげており、役に立つ数学の例として、著者が研究対象にしてきた整数計画法や線形計画法を紹介している。
 線形計画法は、その理論が発表されてから比較的早い段階で、様々な実務上の問題の解決に利用されてきた、いわば応用数学界の「王様」のような存在である。一方で、整数計画法は厳密に答えを求めることが難しいことも多々ある扱いづらい問題を解く為の方法であり、プロの研究者の間でも実用上役に立たないのではないかと考えられた時期がある。線形計画法や整数計画法の専門書は、既に和書でもいくつか発刊されているが、この本の特色は、整数計画法や線形計画法の発展に関わった国内外の応用数学者達の物語を、理論面での研究競争や整数計画法計算ソフトの開発競争などのエピソードを交えて描いている点にある。そして、役に立たないと思われていた整数計画法が、役に立つ方法として大復活を遂げた世紀の大逆転ドラマも描かれている。このような「応用数学のドキュメンタリー」を扱った単行本は、日本人の著者による和書ではおそらく本書が初めてである。
 整数計画法や線形計画法に関する予備知識がほとんど無い方でも、応用数学者達がおりなすドキュメンタリーの部分は読み進められるだろうし、著者が特に伝えたかった内容の一つと思われる「美しい理論は結局は役に立つ」ことを読み取るのは十分可能だと思う。実社会において数学がどのように役に立つのか、あるいはどのような数学が応用されているのか、といったことに関心を持っているような方に一読を薦めたい。ただし、整数計画法に関する説明を詳細に理解することは、それなりの予備知識無しでは難しいであろう。

役に立つ一次式

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 417||Ko 75 005901526
本館開架   417||Ko 75 006900861

『常世の舟を漕ぎて』  緒方 正人 語り/辻 信一 構成

中野 桂(経済学部教員)

 悲しい本である。そして美しい本である。
 語り手である緒方正人は、熊本の漁師の家に18人兄弟の末っ子として生まれた。網元として多くの人を束ねる父は、思慮深く、曲がったことが嫌いで、家の中でも村の中でも尊敬される存在だった。緒方はそんな父にかわいがられて育った。しかしある日、元気だった父が草履を片方脱いだまま歩いていた。水俣病の発症だった。みるみる体調を崩していった父が死んだのは、それから約2ヵ月後、緒方が6歳のときだった。
 父を殺された緒方は、中学卒業後家出などを経ながら、自らも「患者」として、やがて行政やチッソとの闘争へと入っていく。しかしながらいつぞや闘争が患者認定や裁判という制度の中に絡めとられていることに気づく。本質とはかけ離れていくさまに疑問を持ち、あてもなく「運動」から身を引く。経済学には、カルドアの補償原理やらヒックスの補償原理というものがある。被害と加害の関係を金銭的補償という座標面で解決しようとするものだが、緒方はこの座標面からひょいと飛び降りてしまったのである。緒方自身は知るや知らずや、「金銭による補償などはできない」というメッセージは経済学者に突きつけられて、重い。
 彼にとってもその後の3ヶ月はもだえ苦しみ―かれは「狂い」と呼ぶが―の時であった。しかしその後に、彼は新しい地平へと身を置く。それはあたかも地獄から澄み渡る天上界へ続く道が示されたかのようであった。彼はそして、木造の船「常世の船」を作り、チッソと直接向き合うために海路を赴く。
 「常世」とは、緒方によれば安心あるいは無我の境地である。英語ではsteady stateとでもなろうか。steady stateは物理学や経済学では「定常状態」と訳されるが、この訳語は冷たすぎる。steadyには「steadyな彼氏」というようにどこか暖かな響きがあって、せめて「安定状態」とでも訳すべきなのかもしれない。steady stateはまた、環境問題でも「持続可能な社会」を表す言葉として用いられることがあるが、我々はそこに「安心」や「安らぎ」の意味をきちんと込めているだろうか。緒方は「常世の船」で、またしても学者たちを尻目に、「定常状態」のさらに先にあるものを目指しているのである。
 彼が常世の船に自らの身と一緒に積んだのは、原罪であった。補償交渉から降り、罪ではなく原罪と向き合うことは、チッソをゆるしてしまうことになるのではないのかという指摘がある。しかしそうではない。むしろ逆である。原罪とは、いつまでも抱えていかねばならないものである。チッソは緒方の胎内に取り込まれ、その意味ではもはや決して、赦されることがなくなったのである。とはいえ、チッソと直に向き合った緒方がとうとう2001年に「チッソは私であった」(葦書房)という本を上梓したと知ったときに、私はおののいた。この書名は彼にしてみれば「私が父を殺した」といっているに等しく、私には想像も及ばぬほどの思いの果てがそこにあると感じたからである。
 ノーベル賞経済学者のゲアリ・ベッカーは刑罰の対象としての「犯罪の経済学」を研究したが、今、本当に必要なのは「原罪の経済学」ではないか。緒方はそう問いかけているように思う。
 「水俣病私史」と副題にあるこの本は、実は人類普遍の歴史でもあった。石牟礼道子の詩情に満ちた序文に始まり、聞き手の辻信一のあとがきに至るまで、緒方の奏でるメッセージと共鳴して美しい。今回読み返してみて、緒方という「船」が今どこにいるのか、緒方に会って聞いてみたくなった。

常世の舟を漕ぎて

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 493.152||To 34 006001727

参考

チッソは私であった

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 493.152||O 23 006001749

『壊れる男たち―セクハラはなぜ繰り返されるのか―』 金子 雅臣 著

能登 真規子(経済学部教員)

 職場、学校、家庭 …さまざまな場で、「地位」や「立場」を背景にした「力」が行使される。その「力」の行使が性的な働きかけとして現れるとき、それはセクシュアル・ハラスメント(の一つの典型)となる。
 長年、東京都の労働相談にたずさわってきた著者・金子氏の選び出した諸事例は、セクハラ行為が、特別な人によって、特別な人に対して、行われるものではないことをはっきりと示している。加害者の言い分・言い訳はよく似ている。それらは、説明としては理解できなくはないものの、あまりにも身勝手である。身勝手であることに気づいていないこと、ここに最大の問題がある。「力」を持つ者はその「力」に自覚がない。あるいは、濫用のおそれに無頓着である。相手の側から見たときに自分の言動はどのように受けとめられることになるか、その時に相手はどんな気持ちになったか。こういったことを考えなくてもよい社会はもはや(少なくとも表向きには)存在しないというのに・・・。
 「男は、男であるがゆえにセクハラ加害者となるのであって、男であるからには例外はない」という主張に対し、男性である著者は「セクハラを”する男”と”しない男”の分岐点」を探ろうとする。「もはや男性一般を非難することでは事態は前に進まない」のは確かであろう。しかし、特別な人が加害者になっているわけではない以上、一部の男性だけが”する男”なのだと区別したところで、実践的な問題としてはどうしようもないようにも思われる。著者自身、「普通の男たちの意識」を(1)絶えず女性に対して性的関心を向けることに慣れてしまっている男性たち、(2)仕事上も「女性の特性を生かした仕事のやり方」を求め、「女性は仕事以前に、常に女らしさが求められる」という視点で、日常的に女性たちを見ている男たち、(3)職場の女性を性的な対象とまでは思わないにしても「女は家庭を守って子どもを育てるのが一番幸せなはず」「早くいい相手を見つけて、家庭に入ることが幸せの第一歩」と素直の思っている男たち、という3つに分類したうえで、「どのように男たちを分類してみても、実は性別役割意識から派生する性的な役割意識が底流に流れていることが、共通の問題であることが見えてくる」と結論づけているのは、非常に興味深い。
 身近な人であっても、その気持ちを推し量ることは容易ではない。きっかけはどこにでもある。セクハラなんて自分には関係ないと思っている人にこそ、ぜひ手にとっていただきたい1冊である。

壊れる男たち―セクハラはなぜ繰り返されるのか―

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 081||I 95||996 005003673
本館文庫新書   081|| I 1 ||996 006001933
教育文庫新書   081|| I 1 ||996 106000077

『風のように』  森 瑶子 著

弘中  史子(経済学部教員)

 10代後半から20代前半にかけて、私がよく手にしたのが森瑶子の小説・エッセイだった。
 彼女は東京藝術大学でバイオリンを専攻した後、広告代理店などを経て、専業主婦として生活を送る。その後、37歳で小説家として本格的にデビューし、52歳でこの世を去った。その短い生涯の間に100冊を超える作品を残した、いわゆる流行作家である。いまも若い女性に人気の雑誌、ananにエッセイを連載していたこともある。
 私が大学時代を送った時期は、いわゆる男女雇用機会均等法が施行されて間もない頃であった。同級生の大半は男子学生であったがゆえに、将来を思い描くときに、彼らとは違った角度で考えざるをえないことを感じていた。
 そして、自分はこれからどう生きたらよいのかを考える際に、そもそも30代・40代の女性というのは、何を感じ、何を考えるのかを知りたくなり、彼女の本を多読したのである。
 彼女の作品はいわゆる男女関係を扱ったものが多いとされる。しかしそこで扱われているのはいわゆる恋愛だけではない。人と人はどのように関係を結ぶのか、働くことは女性にとってどのように意味を持つのか、家庭を築き営むとはどういうことなのか?、心に抱える傷・闇と人はどう折り合っているのかなど、実に示唆に富んでいる。
 もちろんこうした重たいトピックだけでなく、イギリス人の夫との会話、三人の娘たちとの交流、おしゃれや料理の話など、扱うテーマは様々で、生活を楽しもうとする意欲が文面にあふれていた。
 それだけに、女性として、人としてこれから、どう生きていくべきかを考える際に、希望をもつことたできたと同時に、様々なヒントを与えてくれたように思う。
 彼女の作品は今でも折に触れて手にする。そこには今でも、若い女性に勇気を与えるメッセージに満ちているように思う。
 私自身も、時々読み返しては、慌しい日常から、ほっと立ち止まるきっかけをもらっている。

風のように

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本館開架 教員推薦 914.6||Mo 45 006001925

『あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書』 保坂 正康 著

北條 純人(経済学部教員)

 授業で中国経済、アジア経済などを担当しているが、学生(院生)に「EUのように、将来、東アジア共同体が出来ると思うか」と問いを発すると日本人、中国人(留学生)ともに否定的な答えが返ってくることが多い。貿易など経済的には日本と中国や東南アジアの国々との結びつきが益々深まっているのに、である。日中関係を象徴する言葉「政冷経熱」が、確かに存在していると感じる。
 こうした「政冷」の原因の一つが先の戦争(太平洋戦争)であろう。靖国の問題を始め戦争(及びその評価)の話が我が国とアジア諸国の間に未だ存在している。対外的にギクシャクするのは、日本そして日本人が「太平洋戦争とはいったい何だったのか」という問いにきちんと答えを出していないからではないかと考える。この本の副題は「大人のための歴史教科書」となっている。今一度、我々も太平洋戦争を学び直すことが必要であろう。
 この本は先ず旧日本軍のメカニズムから話が始まっている。「軍令」と「軍政」の違いなど基本的だが見落としがちな点もある。その後、開戦に至るまでのターニングポイント、更に泥沼から敗戦へと記述は進んでいく。戦後の東京裁判では旧陸軍の方が海軍に比べ重い刑が科せられた。また、山本五十六に象徴されるように海軍は戦争時における良識派だったようなイメージがあるが、真の開戦の黒幕は東条内閣(に象徴される旧陸軍)ではなかった、などこれまでの常識を覆すような指摘は興味深い。
 最近の学生は近現代史について驚くほど知らない人が多い。この本は、中学、高校と歴史の近現代史をきちんと学んでこなかった人にもよくわかる説明がなされている。学生に一読を薦めるとともに近現代史をしっかり学習する教育が行われることを希望します。敗戦の原因の一つとも言える無責任体制(体質)が今現在の日本にも全くないかと言えばそれは嘘になるであろう。過去の戦争の歴史を学ぶことが、現在そして将来の日本の発展に資すると考える。

あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書

所在 指定図書記号 請求記号 資料ID
本館開架 教員推薦 210.75||H 91 006000306
教育開架 学生選定 210.75||H 91 105001110