織田信長と安土城

 戦国武将・織田信長は尾張(愛知県)出身ですが、滋賀とは深い関わりがあります。少年時代、着物の片袖を脱ぎ、腰に巻いた荒縄から火打ち袋や瓢箪をぶらさげるといった奇抜な身なりで、「大うつけ(大ばか)」と呼ばれた信長。天文2年(1551)、父の死により家督を継ぎ、尾張、美濃(岐阜県)、伊勢(三重県)、近江(滋賀県)を支配する戦国大名へと成長しました。

 天正3年(1575)、信長は近江蒲生郡内の安土山一帯に新しい居城となる安土城を築き始めます。何ごとにも先駆的であった信長ですが、安土城も画期的な城でした。屋根にはそれまで寺院にしか用いられなかった瓦が葺かれ、金箔まで施されています。城を囲む水濠や石垣、大型の天守閣もこれまで見られなかった特徴で、“守る”より“見せる”ことに重きが置かれた城でした。現在、城郭は残されていませんが、平成元年から20年をかけて城跡の調査整備が実施され、一部の石垣が復元されています。

 中世期、交通の要衝だった近江には多くの城が築かれ、その数1300以上。安土城以前では姉川の合戦で信長軍に敗れた浅井長政の小谷城(長浜市)が、以降では明智光秀の坂本城(大津市)、豊臣秀吉の長浜城(長浜市)、石田三成の佐和山城(彦根市)などが築かれ、今も残る城跡や遺構から戦国時代の面影を感じることができます。