織田信長と安土城

 関ヶ原の戦いで功績のあった井伊家の居城として、徳川家康の命によって築かれた彦根城(彦根市)。慶長9年(1604)から築城に20年の月日が費やされ、その工事は周辺の12大名が動員される天下普請(江戸幕府が全国の諸大名に行わせた土木工事)でした。明治期の廃城令を免れ、現在、天守は国宝に、天秤櫓や西の丸三重櫓、太鼓門櫓は国の重要文化財指定に指定。国の世界遺産暫定リストにも登録されています。

 井伊家は、徳川四天王のひとりである初代直政から14代直憲まで彦根藩主であり続け、徳川家に仕えました。幕末、大老職を務め、日米修好通商条約を結んだ井伊直弼は13代藩主。城下には直弼が藩主になるまでの15年間を過ごした「埋木舎うもれぎのや」が今も残され、茶室などを見学することができます。

 井伊直弼というと、「安政の大獄」で幕府の反対勢力を弾圧するなど一般的には専制的なイメージが強いですが、その素顔は和歌や茶の湯、居合を学んだ文武両道の人であり、藩主になってからは生活の苦しい人や病人に手を差し伸べるなど情に厚い人物でした。彦根市民はじめ、滋賀県民は戦争をせずに日本を開国とへ導いた直弼を誇りに思い、彦根城の一角にはその銅像が立てられています。