天智6年(667)、天智天皇は飛鳥から近江に遷都。歌人の柿本人麻呂や額田王が活躍した、万葉ロマン漂う時代の舞台・大津京の誕生です。天武元年(672)に都が飛鳥へ遷されるまでの短い期間でしたが、大津京では日本初の戸籍「庚午年籍」が作られるなど政治改革が進められました。

あかねさす紫野行き標野行き
          野守は見ずや君が袖振る

 この歌を詠んだのは万葉集の女性歌人であり、天智天皇の妻となった額田王です。蒲生野(東近江市)で行われた遊猟の際、元夫で、天智天皇の弟でもある大海女皇子(天武天皇)が天皇の目をぬすみ、しきりに袖を振る(恋しい人の魂を引き寄せる)と歌っています。3人の関係については諸説ありますが、想像をかきたてるロマンあふれる一首です。

秋の田のかりほの庵のとまをあらみ
          わが衣手は露にぬれつつ

 小倉百人一首の巻頭歌であるこの歌は天智天皇が作者です。その縁から、天智天皇を祭る近江神宮(大津市)は“かるたの殿堂”とよばれています。毎年、競技かるたの頂上決戦である「かるた名人位・クイーン位決定戦」やかるた甲子園といわれる「全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会」などが開催され、畳の上で熱い戦いが繰り広げられます。