年頭のご挨拶

 皆さま、まずは新年の御挨拶を申し上げます。
 21世紀の二つ目のディケードの初年である昨年は、わが国にとって、第二次大戦後、最悪の年であったと申し上げても、決して過言ではございません。

 3月11日、マグニチュード9.0という未曽有の大地震と、それに伴う大津波が東北地方を襲い、多数の死者、多くの家屋・建造物の倒壊という一大惨事を引き起こしました。地震と津波の直接的な被害もさることながら、「想定外」の強度の地震と津波に襲われた福島第一原発のレベル7に達する大事故は、私たちの既存の価値観に対し、抜本的な変革を迫るという意味で、戦後史において比類を見ない大事件でありました。

 野田首相は、咋年末、「事故収束」を宣言いたしましたが、それは単に、原子炉が冷温停止状態に達したことを意味するに過ぎず、1986年4月に勃発した、同じくレベル7のチェルノブイリ原発事故が、4半世紀を超える今なお、事故の痕跡を生々しく残していることを直視いたしますれば、本当の意味での事故収束に至るのは、今世紀の半ばを超えるものと予想されます。

 1945年から55年にかけての戦後復興期、58年から73年にかけての高度成長期、75年から90年にかけての減速経済期、そして91年から咋年にかけての長期低迷期を通じて、私たちは、科学技術の進歩こそが、無資源国日本の経済成長の源泉である、と信じ込んで参りました。科学技術信仰の根底に横たわるのは、機能と合理性を重んじるモダニズムの思想に他なりません。ウランの核分裂により大量の電力を発電する原子力発電は、まさに究極のモダニズムだったのです。
 ウランという枯渇性資源を燃料として用いるとはいえ、発電コストに占める燃料費の割合が極端に低いことを根拠にして、原子力発電は准国産エネルギーと崇め奉られて参りました。と同時に、政府は、原子力をわが国の基軸エネルギーとして位置づけ、また、気候変動緩和策の切り札であるとして喧伝されて参りました。2000年代前半には、電力供給に占める原発の割合は、34%という過去最高を記録いたしました。

 この小さな島国に54基もの商業用原発が建設され、事故前の政府公式見解によると、2030年度の電力供給に占める原発の割合は53%と見積もられていました。ところが、福島第一原発事故以来、定期点検を終えた原発はすべて再開されないまま、また、東北地方のすべての原発は、地震と津波による被災のために停止したまま推移し、今現在、稼働中の原発は54基中わずか6基となり、それら6基のすべてが、4月下旬までに定期点検入りを予定されており、それ以降、暫くの間、原発ゼロの電源構成が続くことは、ほぼ確実視されております。
 関西電力圏内に限って言えば、現在、稼働中の原発はわずか1基(高浜1号機のみ)となり、この1基が今年2月中旬に定期点検入りすることになっており、いよいよ2月中旬には、ついこの間まで、原発依存率が50%前後を誇っていた関西電力圏内は、原発依存率ゼロとならざるを得ません。

 一度も停電を起こすことなく、咋年の夏を乗り越えられたのは、節電が功を奏したからにほかなりません。大した苦痛を感じることもなく、また生活の快適性と利便性をさほど損なうこともなく、20%近くの節電を達成できたということは、結局のところ、それまで、いかに電気をムダ遣いしていたのかを物語って余りあります。
 今年の冬、とくに2月中旬に、関西電力が原発ゼロの状態に追い込まれたとき、気温の次第では、停電を避けられるか否か予断を許しません。とはいえ、冬の電力需要がピークに達するのは午後6時から8時ごろまでのことですから、ピーク時の需要の主体は家庭なのです。照明、炊事、暖房などによる電力消費をできるだけ抑えるよう、私たち一人ひとりが努めることが求められているのです。

 私は、2012年を「プレモダンへの回帰または退行」の始まりの年である、と見ています。省エネによる二酸化炭素排出削減、脱原発、節電、安全・安心第一主義、自然環境の保全などのいずれもが、モダニズムからの退行現象なのではないでしょうか。
 80年代後半のバブル経済期、機能や合理性を犠牲にしながらも、装飾や「遊び」といった文化的メッセージを重視する建築様式に端を発するポストモダニズムが、この国で大流行いたしました。
 建築を例にとると、装飾と「遊び」を重んじる建築は、省資源、省エネ、節電とは相いれません。実のところ、ポストモダンは、バブル経済の咲かせた徒花だったのではなかったでしょうか。

 東日本大震災以降のプレモダンへの回帰を、敢えて私は「ネオ・ポストモダニズム」と呼びたい。大規模集中型から小規模分散型へ、大量生産・大量消費・大量廃棄から循環型社会へ、そして原子力から再生可能エネルギーへ。いずれもが、時計の針を逆回転させるに等しい、過去への回帰に他なりません。

 何ごとにも必ず行き詰まりがあります。モダニズムもまた、その例外ではなかったことを、咋年の東日本大震災と福島第一原発事故が私たちに教えてくれたのです。
 私が言うところの「ネオ・ポストモダニズム」を、皆様方のライフスタイル改編の指針として頂くことをお願い申し上げて、私の新年のご挨拶とさせていただきます。

2012年1月4日
滋賀大学長
佐和隆光