入学式

 新入生の皆様、入学おめでとうございます。本日、教育学部260名、経済学部609名、大学院教育学研究科修士課程62名、大学院経済学研究科博士前期課程46名、大学院経済学研究科博士後期課程6名、特別支援教育専攻科10名の新入生を迎えて、滋賀県立大学長様をはじめとする来賓の皆様方、またご家族の方々のご列席の下、入学式を挙行できますこと、心よりお喜び申し上げます。

 両学部の一般入試後期日程の前日、3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生いたしました。マグニチュード9.0の巨大地震、間をおかずに襲来した高さ20メートルにも及ぶ大津波、そして福島第一原子力発電所の被災による放射性物質の大気中への飛散、汚染水の海への漏出といった、空前の大災害に見舞われました。

 倒壊した家屋、施設などの復興に要する費用は、20兆円とも25兆円とも見積もられています。それ以上に深刻なのは原発被災であります。原発から半径20キロメートル圏内からの退避を、そして半径30キロメートル圏内からの屋内退避から自主退避を国により「指示」された、数万人の人びとの不安には、まことに計り知れないものがあります。

 被災地にお住まいの御家族、御親戚、御友人の安否を気づかわれる新入生の方、保護者の方が少なからずいらっしゃることでしょう。この場を借りて、心よりのお見舞いを申し上げます。御家族、御親戚、御友人の御無事を心よりお祈り申し上げます。

 「復旧」という言葉と「復興」という言葉があります。この度の大震災に関して言えば、水道、電気、ガス、電話などのライフラインが元通りとなり、地震と津波で壊れた住宅、ビル、家財道具、自動車などの廃材が撤去され、跡地に仮設住宅等が建設され、被災者の皆様方が、曲がりなりにも日常生活の営みを取り戻すことが出来るのが「復旧」なのです。

 1995年の阪神大震災の場合、復旧に2年の歳月を要しました。今回の東日本大震災は、原子力発電所からの放射能漏れという二次被害を誘発したため、原発から半径30キロメートル圏内に住まわれていた被災者の方々にとっては、長年住み慣れた地域に戻り、不自由ながらも日常生活を「復旧」するまでには、数十年間という気の遠くなるほど長い歳月を要するかもしれません。放射性物質には、半減期が数十年のものが少なくないからです。

 復興とは、住宅、職場、商店、道路や交通機関などの公共施設が元通りになり、平穏無事な日常生活を取り戻すことを意味します。阪神大震災の際には、復興までに5年を要したと言われます。福島原発の周辺以外の被災地は、5年程度で復興する、否、復興させねばなりません。

 本日の入学式に当たり、26日前に勃発した東日本大震災から、私たちは何を学ぶべきなのかについて、私の思うところを話させて頂きます。

 皆様方、効率性だとか効率的といった言葉を御存知ですよね。英語では効率性のことをエフィシェンシーと言います。21世紀の「最初の10年」を振り返ってみますと、何ごとも効率的に作り替えること、そして効率性を高めることが尊ばれ、官つまり政府は非効率、民つまり企業は効率的であるとの「民尊官卑」の通念が、この国にあまねく席巻した10年でした。一言でいえば、効率化とは「ムダを省くこと」です。なぜそうなのかというと、民間企業は自己利益の追求を行動規範とするから、懸命になってムダを省こうと努めるのです。確かに、自己利益の追求を行動規範としない国や自治体の仕事には、ともすればムダが多過ぎたことは否めません。ついでに言えば、国立大学の法人化も、効率重視の時代文脈を反映しつつ推し進められたのです。それはさておき、自己利益を追求する民間企業は、ムダ、すなわち不必要なコストを徹底的に削減し、雇用に当たっても、終身雇用を保証される正規労働者を、有期雇用の非正規労働者に置き換えることにより、コスト削減すなわち効率化を図って参りました。しかし、ムダを排除することが安全・安心を脅かすことを忘れてはなりません。企業の場合でも、効率性を追求してムダを省くことに努めた結果、製造過程において、製品の欠陥を見落としたり、銀行の情報通信システムに障害が生じたり、薬品が想定外の副作用をもたらしたりします。消費者を守るために、製造物責任法などの法律があります。効率至上主義の経営の代償として、高額の賠償責任が企業に義務付けられています。環境汚染に関しましても、汚染者負担の原則に即して法律が整備されています。要するに、行き過ぎた効率化に歯止めをかける社会的装置が、十分とは言えないまでも備わっているのです。

 企業には「自己責任」を弁えつつ効率化を図ってもらわねばなりません。他方、公共サービスに関わる主体には、安全・安心を第一義と心得てもらわなければなりません。本学も非常のためにと、レトルトライス27000食をはじめ、多くの非常用食品や機器を備蓄しておりました。この度の大震災に際し、すぐさま福島大学に非常用備蓄を搬送し、急場を凌いで頂く上での一助となることが出来ました。自らの安全・安心のために備えていたものが、被災地の大学の安全・安心の一助となることが出来、本学として応分の役割を果たし得たことを、誇りと思っております。

 皆さま、御自分の身体のことを考えてみてください。肺が2つ、腎臓が2つあるのはなにゆえのことなのでしょうか。効率性の基準からすれば、これらの臓器が2つあるのはムダだということになります。効率至上主義をモットーとする人からすれば、肺は1つ、腎臓も1つでいいのではないかということになります。とはいえ、神様は人間の身体に、大いなるムダを埋め込んだのです。なぜでしょうか。私たちのだれしもが、多かれ少なかれ、病魔に襲われる可能性に曝されています。一方の腎臓の機能が不全となっても、もう1つの腎臓が機能しておれば、命を保つことが出来ます。このように、神様は、不慮の事故や病に備えて、人間の身体に有意味なムダを仕込んでくださったのです。こんな英単語を御存知でしょうか。リダンダンシーという単語です。英和辞典を引くと「余分、重複、冗長」などといった日本語が出て参ります。人間の身体をリダンダントに神が設計してくれたからこそ、私たちは命を長らえることが出来るのです。

 この度の大震災の被害は、東北・関東という地域に留まりませんでした。東北に工場のある部品メーカーからの供給が途絶したことにより、中部、近畿など西側に所在する自動車、電機などの製造業の生産拠点にも多大の影響を与えています。また、JR西日本も取り換え部品の不足のために、列車本数の間引きを余儀なくされました。これは、効率重視の観点から築かれた単線化サプライ・チェーンの脆弱性ゆえのことだったと言わざるを得ません。 滋賀大学から福島大学へ非常用物資を輸送するに際しても、その前日になって、全日本トラック協会が、運輸業者に対して放射線量の高い東北自動車道の通行を差し控えるように、との指令を下しました。その結果、新潟を経て福島に南下するという行程を辿って、およそ22時間で物資を福島大に届けることが出来ました。これは、まさしく迂回道路のリダンダンシーが役立ったことを示す事例の一つであります。

 以上を要するに、21世紀になってこの方、行政の指針が効率性追求に重きを置きすぎたことへの報いが、東日本大震災にまつわる大被害だったのではないでしょうか。大震災自体が自然災害であることは、もとより言うまでもありません。しかし、もはや制御不可能に陥った原子力発電にまつわる被災が終結するまでに、50乃至100年を要するという悲惨な事態の発生は、効率至上主義、コスト削減、そして視線を侮る傲慢さへの報いであったと言わざるを得ません。政府も、電力会社も、2つの肺、2つの腎臓を備えるというムダを怠ったことが、戦後最大の危機に、私たちの国を陥らせた根源的理由なのではないでしょうか。

 さて、君たちの大部分は受験という目標へと向かって、高校そして予備校で、さぞかし効率的な勉強に励んでこられたことでしょう。言い換えれば、リダンダントな勉強、つまりムダな勉強を、ほとんどしてこられなかったのではないでしょうか。晴れて大学に入学された諸君に言いたい。大学では、授業に出席し、優れた成績を挙げることのみが目標であってはなりません。ムダな勉強をすること、すなわち専門外の書を読み、友と語る、更には課外活動に精魂を傾ける。こうしたリダンダンシーがあってはじめて、充実した大学生活が送れるのです。

 昨年4月、本学の学長に就任した私は、2つのモットーを掲げて参りました。1つは、滋賀大学を魅力と活力に満ち溢れた大学にすること。2つは、学生諸君に、滋賀大学に入学して良かったと思える大学にすることです。君たちの人生における最も貴重な4年間を過ごすこととなった滋賀大学を、私が目指す大学とするためには、君たち一人ひとりに協力してもらわなければなりません。学長といたしまして、君たちの協力を心より願いつつ、私の理想を実現するべく邁進することを誓います。滋賀大学を魅力と活力に満ち溢れた大学にするべく、君たちの限られた時間を、専攻する学問の習得に加え、リダンダントな勉強と活動に最大限活用して頂きたい。

 新入生諸君、改めて本日は入学おめでとうございます。壇上の先生方ともども、心からお祝い申し上げます。学部生は4年間、研究科生は2年または5年間、人生で最も有意義な「経過点」を悔いなく過ごされることを、祈念申し上げます。本日は、ご入学まことにおめでとうございました。

2011年4月6日
滋賀大学長 佐和隆光