新入生のみなさん、入学おめでとうございます。今日は、皆さんのこれまでの勉強の成果が報われた日です。そして、あなた方を支えて来られたご両親やご家族のご協力と先生方のご指導の賜物でもあります。まずは周りの方々への感謝から大学生活を始めてください。

 さて、皆さんの入学された滋賀大学は、明治8年(1875年)に大津に設置された小学校教員伝習所と大正11年(1922年)彦根に設立された彦根高等商業学校とを母体とする長い伝統を持つ大学です。いずれも、片や滋賀県下の初等中等教育の要となる教員の養成を担い、片や第一次大戦後のわが国の発展への有能な人材育成に力を注いできました。その後の歴史の中で、それぞれ滋賀師範、彦根高商として天下に名をとどろかせ、わが国の教育、経済を力強く前進させてきました。この彦根の地にある経済学部は、近江商人の流れをくみ、「士魂商才」を旗印として、わが国経済の発展に多くの優秀な人々を輩出してきました。一方大津石山の地に館を構える教育学部は、滋賀県下のみならず多くの他都道府県から学生を迎えて質の高い教員として送り出すことによって、それぞれの地で子弟の教育に力を尽くしてきました。戦後の学制改革の中で、戦後日本の復興と発展を導くため、「一県一国立大学」政策がとられた結果、二つは統合されて昭和24年(1949年)5月に滋賀大学となりました。そして今から12年前に、わが国の国立大学はすべて法人化され、滋賀大学も国立大学法人滋賀大学として生まれ変わり、今日に至っています。

 あなた方は、こうした長い伝統と力を持つ滋賀大学に入学したのです。皆さん一人ひとりは、これまでの諸先輩と同様に、高い能力と意識、そしてそれぞれの道に進もうとする自覚と意欲を持たれているはずです。我々滋賀大学は、皆さんのその若さとエネルギーを最大限に引き出し、一人ひとりの人間的発展を目標とするものです。

 皆さんは、大学とは、高校時代よりももっと奥深い知識を教えてくれるところだと考えているかもしれません。しかし、大学とはそういう知識の切り売り場ではありません。相対性理論を発見したアルバート・アインシュタインは、「大学教育の価値は、たくさんの知識を学ぶことではなく、考える心を養うことである。」と述べています。確かに、大学では高校より深い知識を必要とするところがないわけではありません。しかし、重要なのは、基礎的な知識を基にして、一つの問題や課題を深く考えて、自分なりの解答を出していくプロセスを学ぶところです。大学では、正解のない世界に踏み込みます。例えば、「1+1」はなぜ「2」になるのか、を考えるところです。また、どのようにすれば経済が安定するのか、なぜ民族は対立するのか、など、現代社会の様々な状況を批判的に分析し、解答を試みるところです。そして同時に、他の多くの人たちの考え方と自分の考え方が異なっていても、自分の論理に正当性があると考えれば、それを信じて主張する、という勇気を身につけることでもあります。

 さて、それでは諸君がこれから学ぼうとする国立大学滋賀大学は、どのような状況に立っているでしょうか。ここでは二つのことを述べておかなければなりません。一つは国立大学全体の置かれている状況、もう一つはその中で滋賀大学が進もうとしている道です。

 現在わが国では国立大学改革が進められています。その最大のものは12年前に行われた国立大学の法人化です。この法人化の目的は、競争的環境の中で世界最高水準の大学を育成するため、大学の構造改革を進めることでした。それまで大学は全国一律の研究・教育体制の下にあったのを、それぞれが独立した法人となることによって、国の規制に縛られずに、自由に研究、教育、社会連携、大学経営を行えるようにしようと目論んだものです。それぞれの大学が自分のアイデンティティーを高めつつ、独自の可能性を切り開き、発展するよう、六年毎の中期目標・中期計画を策定して、大学の運営を進めることになりました。今年度からその六年計画も第3期に入ります。

 しかし、この法人化政策が必ずしも期待通りの成果を得ることができたわけではないことは明らかです。さらに、いまや日本経済再生路線の中で、国立大学の人文・社会系学部や教育系学部の廃止や再編制を求められるに至っています。教育学部と経済学部を擁する滋賀大学はまともにその激震を受けています。しかし、人文社会科学は、人間が社会的動物であるがゆえに、人間の思考や行動、感情、態度等を様々な視点から研究する学問です。これなくして人間の発展はありえません。また教育学や教員養成は、将来の素晴らしい人材を育成する、なくてはならない分野です。これらの廃止や見直しをいう文部科学省の姿勢は、世界の教育後進国と言われても仕方がないほどの嘆かわしいことです。

 今述べたことは、単なる例にすぎません。国立大学は、大学改革、社会との連携、日本の発展への貢献、人文社会系の再編制など、様々な批判と要請に直面しています。それらの多くは的外れで、大学とは何か、学問とは何か、大学の社会に果たす役割、人文社会科学の意義などが十分に理解されているとは思えません。このことは、産業界もよく分かっており、経団連も文部科学省の「人文・社会系の廃止・再編制」の意見に対する批判的な声明を出しています。人文社会科学も教育系も、いずれも発見や発明による直接的な成果物を社会にもたらす学問ではありません。長期的な視野に立って、社会の動きを分析し、歴史を振り返り、将来のための人間のあり方を考える学問分野です。これらは、おのずと視野もスタンスも理系の学問とは異なります。

 しかしながら、これまで大学はあまりにも社会との関係をおざなりにしてきたように思います。とくに、目に見える生産活動とは距離を置く人文・社会系は、研究成果が必ずしも社会の抱える課題と結びついてはいませんでした。こうした大学の姿勢が、いま問われているのです。大学が社会にとって不可欠の知的活動と人材育成を行っていることを、文部科学省に対しても、そして社会に対しても、もっとアピールしていかなくてはなりません。文部科学省の今述べた姿勢は批判しなければなりませんが、逆にそれは大学のこれから進むべき道へのヒントを示していることにもつながっています。

 滋賀大学は、冒頭で述べたように、長い歴史と伝統に培われた知の拠点です。今年度から始まる第3中期の6年間に、滋賀大学は大きく変わろうとしています。これについて、3つのことを述べます。一つは、来年度からデータ・サイエンス学部を設置する予定です。現代は、ビッグデータの時代です。われわれの生活のあちこちに重要な意味と価値を秘めた様々なデータが大量に存在しています。例えば、レセプトなどの医療情報、センター試験や全国学力テスト、経済金融情報、テロリストの動き情報、感染症の遷移情報、スマートフォンによる位置情報、果てはサッカーの対戦成績や各選手の攻撃・守備情報等々、我々の気が付かない情報でも大きな意味を持っているのです。わが国ではこれまで、それ等の情報を分析し利用に供する専門家は十分に育成されてこず、折角のデータは宝の持ちぐされ的な状況に留まっていました。諸外国ではすでにデータ・サイエンティストが広範囲に活躍しているのに対して、日本は、科学技術のハード面は最先端を行きながら、ソフト面では大きく後れを取ってきたのです。こうした状況の中で、滋賀大学は全国の大学に先駆けて、データ・サイエンス学部を立ち上げることといたしました。将来の日本を担うデータ・サイエンティストたちが近い将来各方面で活躍することになるでしょう。

 重要なのは、データ・サイエンス学部の設置を契機に、既存の教育、経済両学部が新学部と組んで、各学問領域間の垣根を低め、経済や教育の分かるデータ・サイエンティスト、データの分かる教員、データの正しい解釈に基づく経済分析のできるエコノミスト、といった「文理融合」の教育・研究体制が構築されることです。人文社会系と教育系にサイエンス系を加えた三学部がタグを組むことによって、数学のパイ(Π)の字をさかさまにした「逆Π型」の教育体制を組み、本来の専門に加えて副次的な専門知識と能力を持つ「Γ(ガンマ)型」の有能な人材を社会に送り出す体制が出来上がりつつあります。諸君たちも、来年度からはその恩恵を受けることになるのです。

 次に、石山キャンパスには、大学院教育学研究科に「高度教職実践専攻」、いわゆる教職大学院を設置します。これまで教育学研究科では、教育の理論的研究を中心としてきましたが、昨今の初等中等教育における、例えば国際レベルでの学力低下やいじめ問題などの、様々な問題に対して、それに適切に対応していける一層高い教育能力を持つ教員や、学校マネージメントに能力を発揮する教員の育成が必須となってきました。そのためこの新しい専攻では、滋賀県教育委員会とも連携をとって、豊富な経験のある実務家教員も含めて、現役の教員を中心に、現代学校教育の課題に正面から対処していける専門人材の育成を図ろうとしています。新入生諸君には今は直接の関係がないように思われるかもしれませんが、そうした専攻ができることにより、これまでも優秀な教員を輩出してきた教育学部に、直接間接に新しい風が起きることが期待されます。教育学部・研究科に入学された諸君は、その新しい、より実践的な環境の中で、将来の教員に向けた学生生活を送ることになるのです。

 そして第三に、滋賀大学のグローバル化です。滋賀大学はこれまで地域との連携に大きな実績を残してきました。しかし、経済活動そのものは地域・国・世界の境界を持ちません。グローバルな経済が日常生活と密接に結びついています。いまや地域から世界に飛び出す企業や活動が少なくありません。地元滋賀県においても、世界を相手に活躍している企業や団体、個人があります。そして諸君の先輩たちの多くがグローバルな活躍を目指しています。また、教育学部が目指している地域の人材を育てる「教師」も、児童や生徒が世界で活躍する夢を描くことの後押しをします。そのためには自分たちも世界とつながることが重要です。そして、データは国境を越えて存在し、世界中を飛び回り、つながっています。したがって、経済、教育、データ・サイエンスのいずれにおいても、そこでの研究や教育は、地域に貢献することを考えつつ、同時に世界を相手にする意識が不可欠です。これまで「地域」を中心に培ってきた能力と活力を、これからは世界に向かって伸ばしていく時です。

 私は4月1日から学長職に就きましたが、これまで国際法や国際生命倫理を専門とし、ユネスコやWHO(世界保健機関)などの国際機関、またユネスコ国内委員や外務省、文部科学省、厚生労働省、経済産業省などでの委員を務め、海外で様々な研究・教育活動や社会活動を行ってきました。私の活動領域はまさにグローバルな領域でした。その経験を生かして、学生諸君には世界的にも有名なこの琵琶湖に面した滋賀大学から、世界に羽ばたいていただけるよう、様々なしかけを考えていきます。加えて、先に述べた文理融合についても、私がこの20年間取り組んできた生命倫理は、まさに医学・生命科学という理系の学問と社会規範としての法・倫理という文系の学問が理論と実践の両面から交錯する分野です。ここでも私は滋賀大学に新たな展開を導くつもりです。

 諸君がこのたび入学した滋賀大学は、大きな可能性を秘めた大学です。私は「きらきら輝く滋賀大学」というヴィジョンを掲げました。我々のそして諸君の滋賀大学がきらきら輝くためには、皆さん一人ひとりの意欲とアイデアと努力が必要です。教育学部の皆さんには、「未来教師」という理念を持っていただきたいと思います。あなた方が4年後に卒業して教えることになる児童・生徒たちは、未来を切り開く人たちです。そして、経済学部の皆さんには、「新・士魂商才」、つまり「武士の魂をもって経済を動かす」気概と勇気を培ってください。わが国の発展のために私欲を交えることなく政治を行ってきた「士」(さむらい)の視点、つまり「公共」の視点をもって、経済・金融の場で日本を、世界を動かす人物となってください。

 皆さん一人一人が、伝統を誇りにしつつ、強い意欲と気概をもつイノベーターとして、この滋賀大学で充実した学生生活を送られることを願ってやみません。

 

                                                                                                                          平成28年4月5日

                                                                                                                            滋賀大学長 位田隆一