平成不況が始まったのは1991年3月、いわゆるバブル(株価と地価の異常な値上がりする)経済が崩壊してのちのことでした。5年間続いたバブル経済期をへて間もないころだったせいもあり、不況の到来を実感する人は少なく、誰もが相も変わらずの浮かれ気分に酔い痴れていました。いつもの不況とおなじく高々2年もたてば「底入れ」し、景気はもとどおりに回復するに決まっている、と誰もが楽観していたのです。

 ところが、案に相違して、この不況はやっかいな代物だったのです。地価の下落を受けて、銀行の土地担保融資が不良化し――融資先企業が経営破たんに陥り返済不能となり、担保である土地の評価額が融資金額を下回り――いくつかの銀行が経営破たんの危機に陥りました。銀行が倒産するとなると、預金者が虎の子の預金を失いかねませんから、危ない銀行を一時的に国有化するなどして救済に当たりました。地価は、1990年をピークにして、今に至るまで下がり続けています。

 株価も、上げ下げを繰り返しながらも、すう勢として下落し続けていました。1989年末、日経平均株価は、3万8916円という、史上空前にして、恐らくは絶後の高値をつけました。咋年11月には、日経平均株価は9000円前後、ピーク時の4分の1以下という有り様でした。

 ところが、昨年12月末に安倍晋三内閣が発足してのち、日銀は無制限の金融の量的緩和――銀行経由で国債を無制限に買い上げる――に踏み切ったおかげで、株式市場に巨額のお金が流れ込み、株価は1.7倍近くにまで高騰しました。まるでヘリコプターからお札をばらまいたかのような有り様ですから、円・ドル交換レートもまた1ドル=80円前後から100円超まで円安が進行しました。

 そんなわけで、今年の新入生諸君が入学して以来、まるで20年ぶりに、バブル経済が再来したかのようです。この勢いを駆って、モノやサービスの売れ行きが増し、本物の景気回復が実現すれば、めでたしめでたし、在学生諸君の就活は売り手市場、ハッピーな時代が再来するのです。

 とはいえ、油断は禁物。アベノミクス(安倍首相の経済政策)が成功するか失敗するか、目下のところ、予断を許さぬ状況下にあります。吉とでれば、君たちにとって万々歳。凶とでれば、就活はもっと厳しくなります。

 アベノミクスなるもの、実のところ、大バクチなのです。吉とでるか凶とでるか、世界中の経済学者に投票させても5分と5分。経済学者の一人である私は、安倍首相に対し次のように言わざるをえません。

 安倍さん、大それたことを仕出かされましたね。安倍さんは憲法改正のことしか考えておられないと私は思っていたのですが、経済についても一家言をお持ちだったのですね。でも、アベノミクスの応援団長と思しき(?)2009 年ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン先生は次のように言っていますよ。「ミスター・アベはナショナリストで経済政策には無関心だ。だから、正統派の理論を無視して済ますことができるのだろう」と。要するに、中央銀行が国債をジャンジャン買い上げてお札をばらまき、政府は財政赤字を顧みず、公共投資を大盤振る舞いするのを「正統派」経済学は“否”とするのです。

 どうやら安倍さんは、緊縮財政派が多数派のアメリカ経済学会での異端を自認するクルーグマン先生が、近著『さっさと不況を終わらせろ』*の中で言う「大規模な財政出動と大胆な金融緩和をやるべし」との提言に忠実に従ったようです。クルーグマン先生がノーベル賞を受賞しているからといって、その言に従えば、日本経済が再生する保証はありません。

 経済現象は自然現象に比べて圧倒的に複雑なのです。だからこそ、経済の予測はことのほか難しく、アベノミクスの成否、そして君たちの未来について確実なことは何も言えないのです。「不確実性の時代」を生き抜くに足るだけのたくましさ(タフネス)を、君たちが滋賀大在学中に身に付けていただくことを願ってやみません。

*Paul Krugman,End This Depression Now!(W.W.Norton,2012)