平成26年2月21日(金)滋賀大学大津サテライトプラザ(日本生命大津ビル内)において、第7回おうみ学術出版懇話会を開催しました。

 この懇談会は、本学ならびに連携大学等による学術出版会の開設に向け、学術成果出版を念頭においた研究報告と意見交換の場として開催するものです。

 当日は、本学教育学部教授の新関伸也氏から「教科書から見る図工・美術教育の変遷―明治期を中心に―」をテーマに報告がありました。明治初期は、国をあげて「文明開化」へと向かうなかで、絵画も西洋画を学ぶ時代に入ります。そして美術教育の内容も、鉛筆を用い、手本に倣ってひたすら模写するという臨写が基本となりました。明治中期になると、岡倉覚三(天心)やフェノロサを筆頭に、日本美術の価値が唱えられ、毛筆画の優位が主張されます。こうした立場は、鉛筆画推奨の立場と激しく対立することとなりましたが、〝毛筆画(和)vs 鉛筆画(洋)〟の構図は、当時の図画工作の教科書にも鮮やかに読み取ることができ、そこには、じつは、当時の美術界のみならず、政界の動向までも色濃く反映されていたとのこと。また、明治期は臨画を基本とする教育であったため、児童の主体性を尊重することへの関心は希薄であったとの指摘もありました。毛筆・鉛筆など、筆記用具という、いわばモノの変遷から美術教育をとらえることの面白さが伝わってくるひとときでした。

 懇話会には、本学出版懇話会企画運営作業部会のメンバーの他、滋賀県立大学より川口逸司副理事長、布野修司理事・副学長、滋賀県立大津高等学校より中山敬一氏(第1回話題提供者)も出席、当日は、明治期の各種教科書(明治4年『西画指南』、25年『小学毛筆画入門』、43年『新訂画帖』など、本学附属図書館教育学部分館所蔵)を実際に手に取り、当時の美術教育の諸相を実感、さらには大正時代の「自由画教育運動」から、現代の学校での美術教育へと話題が広まりました。学術出版会設立に向け、さらに歩みを進めた感があります。

報告者、新関氏

報告者、新関氏

懇話会の様子

懇話会の様子

当時の教科書に触れながら

当時の教科書に触れながら